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11.スプリング・ヒールド・ジャック-『カスパー・ハウザー4』‐

 男の固い靴底がステファーニの首元に叩きつけられました。憎しみを込めたような恐ろしい力で眼帯の男は板張りの階段から彼女の体を踏み落としました。ステファーニは階段を転げ落ち、思うように息ができない体をずるずると這わせて、床に打ち付けた肩を抑えています。うめき声をあげながら口元に血をにじませていました。

 這いずるステファーニを追うように男たちの靴音が階段に音をたてます。

「ハハハハ!!これがハウザー家の日常というやつか…!落ちぶれたもんだな!」眼帯の男が地下室を見わたし大声をあげました。

 カスパーは震えていました。いままで味わったことがない恐怖というものを感じ取っていました。体は震え足がすくみます。胸に二つのバネを大事に抱えながら背後の壁に体を押し付けていました。

「あなたたちは…」ステファーニは顔を男たちに向けました。揺れる松明の光に照らし出される男たちに見覚えがありました。そのとき、眼帯の男が誰なのかもわかりました。全員ホイットマンディーの徒弟たちです。しかし昔の人のよさそうな人柄はみじんも感じられず、自分や夫を慕っていた彼らとはその身に漂わせる雰囲気はあのころとは違い、まったくの別人のようでした。彼女はそれを感じ取ると恐ろしさに震えずにいられませんでした。

「いったい、な、なにをしに……」

「きまってるだろう…、金が尽きたんだよ…」眼帯の男はそういうとポケットのビンを取り出し中の液体をステファーニの体に撒きました。あたりに油のにおいが立ち込めます。ステファーニは慌てて体を起こそうとしましたが男に脇腹を蹴り上げられると、うめき声をあげて倒れ込んでしまいました。油が髪を濡らし、口元に流れ落ちてきます。

「あなたたちはすべてを持って行ったでしょう…、こんなことをしても、わたしたちにはもう何も残されていないわ……」息を詰まらせ苦しそうにそういうとステファーニは肩を落とし目を床に向けました。

「あるだろう……。おまえとホイットマンディーのたったひとつの宝物とやらがな!!、ハハハハ!!」

 彼女は肩を震わせ顔をあげました。目をカスパーに向けます。彼はずるずると背中を壁に押し付けながら後ずさりしていました。部屋の隅に行き着くと小さくなりバネを抱えて震えています。

「カスパー……、カスパァァァァ!!」

 ステファーニの叫び声を聞きカスパーは顔をあげました。声のする方向を必死で探し首を振ります。

「だまるんだよ!!」眼帯の男はステファーニを蹴り上げ、松明の炎を彼女の顔に近づけました「お前はさっきから何をほざいてるんだ……?」

 蹴られた腹部を抑え、うめき声をあげるステファーニの頬に炎の熱が伝わります。燃え上がる炎を見つめ、すこしでも炎から遠ざかろうと彼女は後ずさりました。

「…やつの魂が必要だろ?…やつが生きてる限りあの剣は完成しないんだよ!!どこだ!?おい!!剣はどこなんだよ!!」男の持つ松明が、後ずさるステファーニの眼前に突き付けられます。

「しらない……。あの人はどこかに隠してしまったの…。わたしは…、カスパーもしらない……」

「おい、おまえら…」眼帯の男は顔をほかの男に向けました。「なにぼさっと突っ立てるんだ?あの化け物をつかまえろよ…!!」

 ランプに照らし出される男たちの影がじりじりとカスパーに近づいていきます。男たちは息を飲みました。一人の男が思い切って彼の腕をつかみました。

 カスパーは腰をあげその腕をふりほどき逃げようとしましたが、首を強い力で抑え込まれうめき声をあげました。もう一方の腕を別の男が掴みあげると、両腕からバネがこぼれ落ち音をたてました。

「やめて…!!その子はなにもわからないのよ!!その子だけは……」ステファーニは涙を流し懇願しました。眼帯の男の目がステファーニを見据えます。

「ガキを生かしておくことなんてできるわけないだろう……。じゃあ、なにか?お前なしであのガキが生きていけるとでもおもっているのか……?」男は不敵な笑みを浮かべました。「剣はどこにあるのか?俺が教えてやろうか…?ホイットマンディーのやつは肌身離さず剣をもっていたはずだ…。この地下のどこかにある……ん?そうだろ??ハハハ、じつのところ俺はお前の口からそのことを聞き出そうなんてこれっぽちも思っていなかったんだ…ただ、どうやって殺すかだけを考えてたのさ……」

眼帯の男から笑みが消え表情が失われました。その何も語らない冷たい表情、氷のように固まった瞳を見つめ、ステファーニは叫び声をあげました。男の手から松明が放たれたのです。松明は床に転がると瞬く間に炎を床に立ち上げ彼女の服の上を駆け上りました。

「イヤアァァァァァァァ……!!」彼女は叫び声をあげならが自らの体を、喉を掻きむしりました。炎に包まれるなか赤い世界にカスパーの姿を探しました。

 ステファーニの悲痛な叫びを耳にするとカスパーはうめき声をあげ男たちの手の中で暴れました。「グアアアアアア!!グァァァァァ……!!」男の頬を掻きむしり、足で男の腹をけります。カスパーの耳に炎が立ち上る音、その中で苦しみもだえるステファーニの悲鳴が響きます。

 階段のそばに立ち尽くし、取り残された一人の男はガタガタと震えながらその阿鼻叫喚の世界ともいえる地下室をただ見ていました。

 眼帯の男がその男の襟首を両腕で掴みあげ声をあげます。

「おまえなにやってやがるんだ!!さっさと剣を探せ!!」男の体を床に叩きつけるとみずからテーブルを蹴り倒し、ガラクタをかき回します。テーブルのスープの皿が床に落ち音をたてて割れました。男は慌てて四つん這いになり、辺りを物色し始めました。立ち上がり樽や棚を引っ掻き回しました。

 カスパーの足の爪が腕をつかむ男の腕の肉を掴み引きちぎりました。まるで獣に噛まれたかのようなえぐられた跡ができ血が噴き出します。男はカスパーから離れると傷口を抑えてうずくまります。それを見たもうひとりの男は恐ろしさでカスパーから手を離しました。カスパーは燃えさかる炎が音をたてている方向に顔を向けるとその中に飛び込んでいきました。

 すでにステファーニの叫び声は聞こえず微かに自分の名を呼んでいるかすれた声が聞こえるだけでした。カスパーはステファーニの燃え上がる体にすがりつき唸り声をあげました。その体を抱きしめ炎の中で震えていました。

「なにしてるんだ!!捕まえろ!!あいつを捕まえるんだ!!やつを安息の剣で串刺しにするんだ!!」

 眼帯の男の声が聞こえました。

 その男の声を掻き消すような声が、炎の中で震えているカスパーの耳に響き始めました。とても遠くから、でもそれは頭の中で響いているようにも思えます。


『カスパァァァァァァ…カスパァァァァァァ……。聞こえてるんだろう…、やっと届いたんだ……、俺様の声が…。俺様にはしっかりと聞こえているぞ、お前の怒りに満ちた鼓動が、お前の体に憎しみというどす黒い血が流れ始めたんだ!!』


「アアァ…」カスパーは首を振り恐ろしい声を振り払おうとしました。


『お前の心を支配するものは怒りだ…、憎しみだ……。さあ、お前の魂を引き渡せ、そうしないとお前の魂は粉々に砕かれ、灰となってしまうんだぞ……。楽になりたいだろう…。

俺に魂を引き渡す代わりにお前に目玉をくれてやろう、赤く輝く炎の目玉だ、その目玉で世界をみろ!憎しみと怒りと、狂気に満ちた人間どもの世界だ…。ともにすべてを焼き尽くそう……、おれはお前にその力をくれてやるんだ!!さあ、魂をよこせ!!』


「アアアアァァァァ……!!」彼は喉を掻きむしりました。熱い炎が喉に駆け上ります。あまりの苦しみに彼は声を上げずにいられません。自らの体を支配する感情から逃げ出したい思いでいっぱいでした……。口を結び、体の中の炎を抑えつけようとしました。ステファーニの固くなった体にしがみつきうめき声をあげていました。

 しかし彼はその苦しみに耐えることができませんでした。

 彼の仮面にヒビが入りました。二本の恐ろしい角がギシギシと音をたてて額の部分を突き破り伸びてきました。

 カスパーは顔をあげました。赤い炎の世界に男たちの影がはっきりと見えました。彼の瞳があるはずの空虚な穴に赤い炎が立ち上がっていたのです。彼の体の中に怒りと憎しみが音をたてて渦巻きます。

そして炎に焼かれるステファーニの姿も……。彼はステファーニの顔を見つめました…そこにはすでに生きていたころのステファーニの面影は失われていました。彼はとうとう母親の顔をみることもできなかったのです。そこには赤く焼けただれた塊があるだけでした。

 彼の世界が青く色を変えました。まるで立ち上っていた赤い炎が涙を流すかのような青い灯火に形を変えていました。

「アアアアァァァァァァ……。」



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