11.スプリング・ヒールド・ジャック-『カスパー・ハウザー3』‐
4人の男たちは屋敷に入ると人の気配を探してあたりを見わたしました。自分たちが徒弟だったころは壁や板張りの床に生きた人間の香りを感じ取ることができましたが、松明に照らし出される屋敷の内部は当時の面影はなく過ぎ去った長い年月とほこり臭いかびた匂いが漂っていました。まるで廃墟のようです。
眼帯の男はまるでその変化にまったく興味を示さないかのように歩を進めます。
「おい、みろよ…」眼帯の男は松明をキッチンへと向けながら歩きます。松明の明かりをたよりに一人の男がキッチンを覗き込みました。鍋からほんのりと湯気が立ち上っています。男は息を飲みました。たしかにこの屋敷には生きた人間が生活しているという証でした。
そして眼帯の男は床に松明の光を向けました。白々とほこりが積もる床にはほこりのない部分とそうでない部分があります。ほこりのない部分をたどるとそれは途中ではっきりとなくなり細いロープが床に結わえてあります。床の隙間からうっすらと光が漏れているのがわかりました。
眼帯の男はとても残酷な笑みを浮かべると松明の炎を振るいほかの男たちを呼び集めました。眼帯の男がかがみ込み細いロープに手をかけました。
ステファーニは階段に四つん這いになり音をたてないように階段をのぼります。天井の床板に力なく垂れているロープを、恐ろしく震える手でなんとか掴もうと手を伸ばそうとしたときでした。ロープはぐっと引き締まりました。伸ばした手を胸にあて襟元で握りしめました。
床板は引き上げられました。ステファーニは恐怖で目を見開き、声をあげる寸前でした。眼帯をした男がいやらしい笑みを浮かべにやにやと彼女を見下ろしていたのです。松明の炎が大きく見開かれた目の中で音をたてているように燃え盛っています。ぎらぎらと輝きを放つ眼にステファー二の体は凍りついてしまいました。