11.スプリング・ヒールド・ジャック-『カスパー・ハウザー』‐
スープが音をたてて鍋を揺らしていました。暖かい湯気がステファーニの頬を撫でています。これといった味付けもない野菜だけのそっけないスープでしたが彼女は楽しそうにその湯気のにおいを嗅いで幸せそうに微笑みました。
階下では激しい音をカスパーがたてていましたが、彼女のほほ笑みは消えませんでした。カスパーがお腹の中で鉄を鍛えているのを知っているからでした。階下から白い煙が黙々と立ち上り、水が沸騰する音が聞こえます。
ホイットマンディーと暮らし始めたときのことが思い出されます。その頃はまだまだ貧しく自分たちで食事を作っていました。そして食事をつくりながら彼が何を作っているのか胸を高鳴らせて考えたものでした。ホイットマンディーがどんなものを完成させるのか、彼女はいつもそのことを心待ちにしていました。
鼻歌交じりにスープを皿に盛り終えるとパンとスープを持ってステファーニは階下へ降りていきました。
ハウザー家の屋敷の周辺にはすでに暗い闇が訪れていました。陽はすでに西の山影に沈み、欠けた月がぼんやりと黒い雲の合間に浮いています。
いくつもの松明の光がぼんやりと揺れながらハウザー家を目指して通りを進みます。せんとうには屈強な男たちが緊張した面持ちで足早に歩を進めます。男たちの後には笑みを見せこれから何が起ころうかと胸を高鳴らせる老若男女が続きます。ただの野次馬とも見て取れる影の塊がひそひそと松明の光に集まってくるのでした。
やがてハウザー家の屋敷は松明とその黒い人だかりに取り囲まれました。庭を挟んだ遠くの屋敷は広く大きいものでしたが、なんの手入れもされていない庭、薄汚れた壁など以前の立派な屋敷の面影は朽ち果て消え失せていました。崩れかけた二階の屋根や傾むきひび割れた柱、まるで暗い夜の闇の中、生気を失った枝葉のように今にも崩れ去るかのように見えました。
庭の入口に松明を持ち眼帯の男が立ち、気味の悪い笑顔を浮かべています。男たちが松明を持ち彼の横に歩み寄りました。
「行くか…」
「ああ…、まずは俺たちだけで行くんだ…。町の奴らに化け物の顔を見せてやるんだ、生け捕りにしてやる、こいつらの目の前で俺たちが剣を完成させるのさ…。俺たちは英雄になり、名声を得る…、もうその時はすぐそこまで来てるんだ」男はポケットに二本のビンを突っ込み、松明をかかげると、三人の男をしたがえると歩みだしました。
「ステファーニは……、ステファーニはどうするんだ…?」歩を進めながら男の一人が不安そうに聞きました。
「…殺すさ、魔女だろ……」男はあっさりといってのけると笑みを見せました。松明の光で照らしだされる眼帯の男の顔の笑みは狂気じみており、声をかけた男でさえも背筋を震え上がらせるほどでした。