11.スプリング・ヒールド・ジャック-『バネ』‐
重たくかすれる音をたてカスパー家の扉が開き、落ちていく赤い夕日の輝きがほの暗い屋敷に入り込みました。影で黒く塗られた木製の床に長く四角く光が影を切り取りました。そこにステファーニのバスケットを持った姿が細長い影を作っています。
ステファーニは屋敷に入ると落ちていく夕日には目もくれず振り返り辺りを見わたすとドアを閉めました。そして肩の力を抜きほっと一息つくのでした。キッチンにバスケットを置くとランプを携えキッチンの奥にある床板を引き上げました。手すりのない板張りの階段を後ろ向きになり降りていきます。耳に水をもて遊ぶようなチャプチャプという調子のいい音が聞こえました。階段の途中でランプの光を地下室に向けると暖かい光が地下室を包み込みました。カスパーが水桶に手を突っ込んで引っ掻き回しているのが見えました。口元から音をたてて白い煙が立ち上っています。カスパーは手を桶から出すと階段を下りてくるステファーニの方へ顔を向けました。
「まあ…。カスパーまた何か作ったの?」ステファーニはそういってほほ笑むと、背筋を伸ばし階上の扉を掴み、ゆっくりと扉を閉めました。暗い地下室はランプのほの暗く暖かい光に満たされました。ステファーニが床へ足をつけるとカスパーはトコトコとぶかっこうに片手を床につけて彼女の声がする方へ歩み寄ります。その手にステファーニのスカートの裾がふれました。
ランプを階段に置くと両腕で彼女はカスパーを抱き上げました。
「アイアン!アイアン…!」そういうとカスパーは桶の方を指さします。
「ええ、アイアン…ふふ、何かしら?」ステファーニは階段に置かれたランプを持ち背を伸ばすと天井から吊るさているフックにランプをかけました。
背筋を伸ばすステファーニの体に抱かれているカスパーは頭をステファーニの胸に落としました。伸びた首筋からとても優しく暖かい匂いが彼の鼻先をかすめました。
ステファーニは彼を抱いたまま水桶へと歩み寄りました。ゆらゆらと水桶の上を橙色の暖かい光が揺れていました。ステファーニが揺れる水桶を覗き込むとカスパーも首を伸ばして桶のそこをじっと見つめています。しかし、桶のそこは暗くて見通しが利きませんでした。
カスパーを体をモゾモゾと動かしています。ステファーニが腕を緩めると彼は木の幹を滑るように彼女の腕から降りていきました。そして桶に手を入れてチャプチャプと音をたてます。ふと、彼の動きが止まりました。手に持ったものを彼女の前に差し出します。
「あら、それは何かしら?」蛇のようにトグロを巻いた大きな鉄細工を眺めました。
カスパーはそれを手の内で縮めたり伸ばしたりして遊び始めました。
「ああ…!それはバネね!」ステファーニは声をあげて笑いました「鉄でバネを作ったの?すごいわ、それにとても弾力がありそう…」
そのときでした、カスパーの腕からバネが弾け飛んだのです。天井に当たると跳ね返り壁に当たります。大きな音をたてて飛び上がっていました。ステファーニは驚いて声をあげましたが、バネを探してあたりを見わたすカスパーを見ると笑い声をあげてバネを拾い上げました。
「アイアン…、アイアン…」カスパーはそう言いながらあたりをうろうろバネを探して歩いています。
「こっちよ、カスパー、ふふふ…」カスパーの手にバネを置きました。すると彼女のお腹が音をたてました。カスパーをその音を耳にすると首をかしげます。
「あら、あはは…。食事にするわ、そうしましょう、カスパー。ははは…」
ステファーニはそういってカスパーの頭を撫で足早に階段へと向かうのでした。