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11.スプリング・ヒールド・ジャック-『眼帯の男』‐

 灰色の雲が分厚く空に重なって町に薄暗い影を落としていました。ステファーニはひさしぶりに町に出ていました。バスケットを小脇に抱え肩を落として人目を避けるように足早に人々が行き交う薄暗い路地を歩いていました。すれ違う人は彼女のことなど気にも留めていませんでした。彼女には昔のように人目を引くような美しさはなく、服装も質素で薄汚れていました。ほつれた髪が幾本もかすかに吹く風に揺れています。しかし、ステファーニは市場でパンを買うと足早に露店の前を通り過ぎ、薄暗い路地へと逃げるように入っていくのでした。路地には彼女と同じように人目を避けるかのようにその道を選んだ人々が足早に行き過ぎていきます。その道の端を壁に沿って彼女は歩いていました。

ステファーニは身を隠すようにして急いでいました。そのため思わず路地から出てきた男にぶつかりました。彼女は固い壁にはじけ飛ばされるように転がるところでした。

「おっと…」男はステファーニの肩を持ち支えました。男の酒臭い息が彼女に届きました。胸がむかつくようなその匂いのためかその男を見ようともしませんでした。

「すみません…、すみません…」そういいながら、頭を何度も下げるとステファーニは慌ててその場を去りました。

 その男は薄汚い人ごみの中、その場に立ちすくみじっとステファーニの後姿を眺めていました…。足早に行き過ぎる人は立ちすくむ男を睨み付けますが、酒のにおいを感じ取り男の顔を見るとなにもなかったように目を逸らし人ごみに逃げ込んでいきます。男は分厚く幅広い眼帯で顔半分を覆っており、残された目は見開かれ怒りに満ちていたのでした。


 やがて黒雲は夕闇に飲み込まれていきました。そして暗い路地に細い雨が降り注ぎます。町の薄暗い酒場の屋根に音をたて始めると酒場の外は風が吹き荒れ、嵐をつれてきたのです。男はその雨音を聞きながら酒をあおりました。

「で…、あの女からなにを奪おうっていうんだ?」眼帯の男に一人の男が問いかけました。

「決まってるだろう、ホイットマンディーの奴は財産のすべてを俺たちに引き渡したわけじゃない…」眼帯の男がそこに集まる3人の男に語りかけました。

「ははは、おまえは一生遊んで暮らせるだけの金を奴から脅し取っただろう。まあ、酒と博打に女…、これだけ散財すりゃあ、もぬけの殻だわな」そういって男たちは笑いました。

「おまえらは笑ってろ…。俺だけが名をあげることになるんだからな…」男はそういうと不敵な笑みを見せ酒をグラスに勢いよく注ぎ込みました。テーブルに酒がこぼれ、広がりましたが男はそんなことは気にせず酒を飲み干しました。

 眼帯の男が酒を飲み干すとほかの男たちはじっと彼を見つめています。

「いいか、あいつにガキが生まれるころ…。奴は鍛冶場に引きこもって何をしていたと思う…?」そう問われた男たちはお互いに顔をまわせました。そのことを知る者はここにはだれ一人いなかったのです。「奴は剣を毎日鍛えていたのさ…「安息の剣」だ…」男はそういうと笑いました「馬鹿馬鹿しいだろう…?あの、伝説の剣だ…一度は鍛冶屋になろうとしたんだ、お前たちだって聞いたことがあるだろ…?」男の笑い声は甲高く狂気じみていました。笑いながらグラスに酒を注ぎます。

「だが、本当のことだ…。俺はこの目で見たんだ。片目じゃないぞ…、俺にまだ左目があったときのことだからな…」男はとうとつに真剣なまなざしを男たちに向けました。「やつのガキは化け物だった…、緑の顔に、目玉がない…足はまるで…悪魔の手のようだった…。ホイットマンディーは自分の息子の命を安息の剣を使って奪おうとしたんだ、安息の剣を完成させるにはガキの魂とやらが必要なんだと……。あいつはそのことをすべて俺に話したんだ……。そうだ…、ああ、思い出した…。俺がどうやってあいつの財産を奪ったか分かるか?あの日のことを黙っているって約束したのさ!!安息の剣とやつのガキのことを一生誰にも話さないってな!あのミスターブラックスミスが!ホイットマンディー・ハウザーが!涙を流し俺の足にすがりついたんだ!!ハハハハ…!」男はグラスの酒を飲み干すと続けた。「奴の金は今や底をついた!だからあの誓いも水の泡と消えたんだ!!」

 男の狂気じみた話を聞き入っていた男たちはなにか発する言葉を探しました。しかし当時のホイットマンディーの変わりようを思い浮かべるとその話を嘘と否定しがたいものがありました。

「いいか、やつは俺たちのことをどう思っていたか知ってるか?俺たち徒弟のことを…。俺たち徒弟には安息の剣の偉大さもわからない、作ることもできないといったんだ……。俺たちのことを人の技術を盗む盗人だともいった。俺の血を…俺たちのことを…薄汚いといってのけたんだよ!!……この町を出て行って鍛冶屋やってるやつはいいだろうが、この町からでられない俺たちは、ここで生きていくしかないんだ。俺たちは奴の財産だろうが、名誉だろうが、なんだろうが!!奪い食い尽くす権利があるんだ……」

「ほ、ほんとうだろうな…、その話、本当に伝説の剣なんて……」

「いっただろう…俺は両目を使ってみたんだ……」そういうと男は低い笑い声を喉で鳴らした。「今日、俺はあの女を見たとき面白いことを思いついたんだ…。おまえらは俺のいうとおりのことをすればいい…。そうすりゃ、ひと財産転がり込んでくるんだ。簡単な話だろ…?」

 一人の男はグラスの酒をただ見つめていた。別の男はグラスの酒を一気に飲みほしました。三人目の男は膝に置いた手を握りしめます。そして三人は意を決したように無言でうなずいたのでした……。


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