11.スプリング・ヒールド・ジャック-『運命の日1』‐
そしてとうとう運命の日がやってきました。
ほんの数日前まで血色のよかったホイットマンディーの体はやせ衰え、頬の肉は削り取られたようになくなっていました。裸足で部屋を歩く音がひたひたと軽く音を立てています。
自らの首を切り大量の血を書物にささげるとページのすべてが赤い血に染まったのでした。乾いた血に黒く染まりあがった布を首に巻きつけ、もうろうとする頭でページをめくります。
少なすぎる…。彼は思いました。残りのページ数はほんの数ページです。しかし彼の鍛え上げた剣は、鋭さ、強さはまれに見るものでしたが、丈があまりにも短かすぎました。剣の切っ先はなく、まるで溶けたかのように波をうっていたのです。ここでページが終わってしまっては完成することはできません。ヴァルハラの鉱石もなくなっていました。
彼は赤く立ち上る高炉の炎に書物を投げ入れたい気分に駆られました。なぜもっと早く気付かなかったのだろう…。彼は怒りに震えました。彼は高炉を睨み付け、書物をいまにも投げ入れんばかりに高々と頭の上に振り上げました。炎がはげしく揺らめくさまをその眼にうつし、彼は大きなうめき声をあげました。しかし彼には書物を炎の中に投げ入れることはできませんでした。書物はあらぬ方向に投げつけられ、壁に当たると音を立てて地面に落ちました。
ホイットマンディーは頭を抱え、小さく唸りながらぼんやりする頭で考えようとします。
「あいつが、待っているんだ…地獄の鬼が、あの場所で俺を待っているんだ…」彼はひたすらそのようなことをつぶやいています。そのとおりでした。もし、剣を作るのをやめても地獄の鬼は彼を待っているでしょう。彼にできることは剣を完成させる以外に道はありませんでした。
怒りが恐怖に変わるとホイットマンディーは頭を抱える手を力なくおろし、ふらふらと立ち上がりました。そしてひたひたと足音をたて書物に歩み寄りました。まるで地獄の亡者さながらの歩く姿からは生命の息吹を感じることが全くできません。
彼は震える手で書物を拾い上げ、開きました。
「これ以上…、わたしから何を奪おうというのだ…」彼はそうつぶやくとページをめくりあげます。一瞬、彼の目に光がともりました。希望を見出したともいえるその輝きは、剣の完成を予感させるものでした。彼は笑みを浮かべました。剣は完成する…。
そして彼はさらにページをめくりました。
彼は石のように固まりました。炎の光が照らしだす壁はゆらゆら揺れています。その壁に囲まれた薄暗い部屋の中で彼の背中はピクリとも動かなくなってしまいました。みるみるうちに彼の瞳から光は失われました。彼の耳に炎が立ち上る音が聞こえます。そしてあろうことか叫び声をあげながら、書物を高炉の中に投げ入れたのです。
炎が渦を巻き書物を飲み込み、まるでホイットマンディーの叫び声に呼応するように激しい音をたてました。
ホイットマンディーは膝をつき崩れ落ちました。床に額を何度も打ち付け自らの血を床に広げました。彼はただひたすらに叫び声を上げ続けることしかできませんでした。