9 夜明け―2―
バレル・ガードナーはじっと暗い部屋の壁を見つめ何やら考え事にふけっていた。
カールはただぼんやりとそんなガードナー見つめていた。カールはベットに横になっていたのだが、ガードナーが訪ねてくると何とか身をお越し彼を迎えた。カールの顔はほの暗い蝋燭の光のなかでもそれとわかるくらいやつれた顔をしている。まるで凍えてしまうかのように薄い掛布団を引き寄せうずくまっていた。
「おまえも聞いたというのか…?その、鉄の音を…」
「ええ…、たしかに…」カールはそういいながら何度もうなずいている。
ガードナーは赤く縮れたひげをなでた。
「で…、おまえはその音の主を…?」
カールはあわてて激しく首を振った。膝を引き寄せ掛布団をきつく抱きしめた。恐怖が彼の中を駆け回っているのが見て取れる。カールは体に傷一つ負っていなかった。だからこそ心の傷が彼を苦しめるのであろう。もし、傷を負っていればその痛みで少しは恐怖が紛れていたかもしれない。ガードナーはそんなことを考えながら立ち上がった。
「お前は、二三日大人しくしていろ…、この事件はすぐにでも解決する。なに…墓守の一人や二人…」ガードナーはそういいながらそれが間違いであろうことはわかっていた。そして、自分がタムズにして見せた名推理も間違いだったと認めずにいられなかった。しかし、何者か判断がつかないままでは不安が募るばかりだ。カールを思っての言葉だった。
部屋を出ようとガードナーがドアに手を伸ばした時だった。
「あんなふうに…、あんなふうに人を、一瞬にして黒焦げにできるものなのでしょうか…?」声を震わせながらカールがつぶやいた。目を見開き布団をまっすぐに見つめている。
「不可能…だろうな…。」
「では、あれは…あれは…墓守の仕業なんかじゃ…」カールはまた首を激しく振った、まるで思いついた何かを頭から追い払おうとしているようだ。
「だとしたらなんだというんだ…?いいか、それがわかったのならこの事件が解決するまで大人しくしていることだな…」いまだカールに理性的にものを考える力があることに、ガードナーは少なからず安心した。あとは時間と…事件の解決が必要だろう…。
カールの妻リゼットは椅子に腰かけてテーブルにもたれかかっていた。階段を叩くガードナーの不恰好な靴音が聞こえると、リゼットは立ち上がり階段を下りてくる黒光りするブーツを見つめた。
ガードナーは階下のリゼットに目を向ける。
「すみませんな、奥さん。少々長居しまして…」
「いえ、そんなことより夫は、カールはどうしたんですか?なんだかみなさん、とても慌ててらして、夫を連れて帰ってくるなりほとんど何も言わずに出て行ってしまいましたから…」
ガードナーは階段を降りきると、玄関の扉に歩を進めながらいった。
「その…事件が起こりましてな、一人は顔を焼かれ瀕死の状態、もう一人は誰かもわからないほどに焼き尽くされていたんです。カールは二人目の犠牲者の現場に居合わせたんですよ…」
「ああ…」リゼットは口元を両手で覆い隠し、目を大きく見開いた「ハカモリが…」
ガードナーはリゼットを見つめた。
リゼットはガードナーに見つめられると目を泳がせて続けた。
「みなさん、そのようなことをおっしゃってましたわ、わたし恐ろしくて…。明日はちょうど金曜日…今月は明日のはずですわ、墓守が寄進品を集めに来るのは…。きっと怒ってるんだわ、町のみんながろくなものを寄進しないから…。わたくし明日はなにかいいものを見繕って…」恐怖からかまくしたてるように話し始めたリゼットの言葉をガードナーはさえぎった。
「なに…墓守は関係ないでしょう、そのことはカールも気づいている…。彼は怪我もしておらん。それに頭もしっかり働いていた。二三日休めばもとどおりだろう…。その頃には事件も解決してますよ。ただ、事件が解決するまで夜の外出は控えていただきたい。なにが起こるかわかりませんからな…」そういうとガードナーは扉を開いてリゼットに向かい軽く会釈をした。扉を閉めため息をつくと髭を撫で、カールの家を後にするのだった。
ぼんやりと東の空が白くなっていた。夜は次第に西に追いやられていくだろう…。当分の間、夜は眠ることができそうになかった…。「覚悟せねばならんな…」ガードナーはぽつりとそうつぶやくと自宅ではなく自警団の詰所へと足を向けるのだった。