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グレスフォードの怪物同盟とリディアーヌ・グレスフォード

 その力は強大だった。その強大さはスプリング・ヒールド・ジャックのよくよく知るところとなった。彼は地獄の炎をこの世に呼び出す術を身に着けたも同然だと考えていた。ジャックの肉体に潜む悪魔はいまだかつてない歓喜に酔い、街を灰に帰すことを現実のものとしようと考えていた。

 

 しかし、その考えに真っ向から異を唱えるものが、哀れな街人以外にいることを彼は知らなかった。彼らがなぜ異を唱えるのか。それに答える術を街人もさることながら、とうのジャックでさえも持ってはいなかった。

 屋根の上を駆けるジャックを遠くから見つめる奇妙な虫がいた。羽音をかすかに響かせている虫はまるでジャックを監視するかのように方向を変えていく。虫の腹部は丸く膨らみ人間の目玉そっくりの不思議な形状をしている。実のところ複眼だったがダーツの的のように外円が白、中円が黒、中心が紫色をしている。まるで望遠レンズのように三つにまたがる色を操り、ジャックを追尾していた。


『聞こえて?コールリッジ?怪物がそっちに向かってる。人間たちの動きもなんだかおかしい……、いえ、統制がとり始めたというべきかしら?東側の人間が西側に移動してる、東側には自警団、それに弱腰の男ばかり……』

 鎧男はふと顔をあげた。頭の中に響く声にいぶかしげに耳を傾ける。

「クィーン、聞こえてるとも、そうか……?たんなる時間稼ぎか……。どちらにしても好都合だ。ここでケリをつけてやる」

『気を付けて。あの炎は普通じゃない……隠れてちょうだい、あなたなら一瞬で終わらせることができるでしょう』

「わかっている、お前はしっかり虫どもを操っていればいい……」そういうと鎧男はあたりを見渡した「クイーン、場所を変える!」そういうと鎧男は駆け出した。

『ええ!だんな!あっしはすでに準備万端ですぜ!いまさら場所を変えるなんて』

『いけません!コールリッジ、化け物はもうすぐそこ……!」

 鎧男は足を止めた。踵が石畳を削り、砂埃が足元に巻き上がる。頭上を黒い影が飛び越えていく、そこに鎧男は燃え上がる炎の瞳をみた。


 屋根から屋根に飛び移るジャックは黒い大きな人影が通りにたたずんでいるのを見つけた。

 まるで地面に落ちている影が立ち上がったかのように、街の通りに巨大な鎧がたたずんでいる。兜の面がおろされて、その表情はおろか顔をみることもできない。

 その鎧を見たときジャックの好奇心が頭をもたげた。屋根に足を付けその鎧を見つめた。辺りを見渡し人影を探す。

 どのような罠であろうか……。

 人間どもが考える浅はかな策略にしては、奇想天外であった。

 鎧を着こんだところで、すでにその重さで身動き一つできないではないか。それほどに鎧は大きく、りっぱなものである。

 知恵比べ。人間は不意に悪魔の弱点を突くことがある。人間のずる賢さは時として悪魔をしのぎ、悪魔に苦汁をなめさせるのである。

 ジャックは好奇心に心押されながらも、慎重になっていた。

「あんさん、なにやってんだ。下でだんながお待ちでさあ!」

 背後に声を聴き、ジャックは驚き振り向いた。

 巨大な四角い物体がジャックに襲い掛かっていた。思わず飛び退き、それをかわす。ジャックの体は屋根を離れ通りに着地した。

 屋根の上の声の主は、驚いたように奇声を上げた。

「ほう!なんてすばしっこい奴!」

 見上げるジャックの目に異様な体つきの男が映る。

 長く蟹のような巨大な両腕、二の腕よりも手首から肘までが異様に太くなっている。腰は曲がり、足は異様に短い。まるで巨大な蟹のような体つきの男だ。禿げ頭で大きな目玉が今にも転がり落ちてきそうだった。そしてその男は黒光りする大きな棺桶を背負っていた。

 ジャックは男に目を奪われていたが、すぐにその異変に気付いた。背筋を叩かれたような激しい殺気を感じ振り向く。大きな黒い鎧が音を立て背中に背負った巨大な斧を軽々と持ち上げていた。

 仮面の奥に潜む眼光が青く光ると巨大な鎧が音を立ててジャックに襲い掛かってきた。慌てて飛び退くと斧が石畳を破壊した。

「旦那!そいつ恐ろしくすばしっこいですぜ!」

『だから、棺桶男が気を引き、あなたが背後から一撃を加える、そういう段取りだったはず。コールリッジどうして……』

「うるさいぞ!クィーン!棺桶男、さっさとそこから降りてきて手伝え!」

「それが今日は町中の家がスッカラカンなんでさあ!軒下だのなんだのって普段探せないところを……ほら、見て下せえ!棺桶を一つ探し出しましたぜ!」

 そういうと棺桶男は自慢げに黒光りする棺桶を持ち上げた。

「馬鹿が!今日は棺桶どころではないわ!」

 鎧男にどなりつけられると棺桶男は棺桶を持ち上げながら首をすくめた。

「だんな!それどころじゃ……!!」

 転がり落ちんばかりの棺桶男の目を受けると、鎧男は首をジャックに向ける。ジャックの口は大きく開かれている。そしてその口の中には炎が渦巻いていた。

つぎの瞬間、轟音と共に炎が吐き出され、黒い巨大な鎧は炎とともに吹き飛ばされ背後の壁を破壊した。

「だ、だんな!!言わんこっちゃない……その……、棺桶どころじゃありませんぜ!」

 破壊された壁の向こうに炎が渦巻いている。

 その炎の向こうに膝をつき、いまにも立ち上がろうとする巨大な黒い影があらわれた。黒く大きな鎧は炎に吹き飛ばされたもののびくともしなかった。

「おまえ……、ふざけているのか!」鎧男は立ち上がると声を荒げる。

「まさか!」そういうと棺桶男は棺桶を振り上げ、屋根を蹴った。

 鎧男は手に斧を握りしめると炎を飛び越え、ジャックに襲い掛かる。


 炎をまともに喰らいながら、びくともしない鎧の化け物に驚きはしたもののジャックは冷静さを取り戻すと戦闘態勢に入る。

 二つの黒い影がジャックに襲い掛かっていた。斧と棺桶が執拗に追いかけてくるのをジャックはかわしながら笑みを浮かべていた。

「なんてことはないさ、図体のでかい鎧とおかしな体つきをした男が一人……」ジャックは棺桶をかわし地面に転がると、腕で地面をたたき上げ、鎧の腹部を蹴り上げる。強力なバネが鎧男を振動とともに吹き飛ばした。

 振り向きざまに炎を吐き出す。

 振り回していた棺桶を盾にし、炎をやり過ごそうとしたものの棺桶男はその力に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられると低いうなり声をあげた。

「なんのこれしきのこと……」鎧男は立ち上がると大きな斧を持ち上げ身構えた。

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