表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/140

8.グレスフォードの老婦人-2-

 グレスデンの周りに茂る木々や草花の間には崩れた人の手が加わっているであろう小さな岩山がどころどころに頭を出している。それはこの町が城下町であり城壁で囲まれていたことを物語っていた。当時は今以上に繁栄していたことだろう。当時の面影を残すものはすべて遺跡のようにひっそりと町の風景に溶け込み、いつのまにか誰からも顧みられることはなくなっていた。

 土の道がしだいに薄くなりところどころ石畳が現れた。丸いゴツゴツした石畳にうっすらと残る轍の跡がこの町の古さを物語っているがキッチョムは気にせず手綱を握った。レイジーの蹄の音色が蹄鉄の石を叩く乾いた音にかわっていく。町の入口が見えた。灰色の石畳が闇へとつづいてるようだ。町の灯はこの日極端に少なくなり、グレスデンの町はひっそりと静まり返っている。闇に包まれる町は大きな口を開けているようだった。その口はキッチョムとレイジーを飲み込む。あとは聞き耳を立て彼らが去っていくのをじっと待っているだけだった。


 キッチョムは鉤棒を握りしめ強く手綱を引いた。緊張感がレイジーの前足を高々と上げさせた。レイジーは前足で空を掻きむしると勢いよく首を振り下ろした。レイジーの前足が石畳を激しく叩くとキッチョムは風に包まれた。激しく吹き付ける風を交わすようにキッチョムは上半身をかがめ、あぶみに乗せた足をレイジーの横っ腹にしっかりと固定した。両手でしっかりと鉤棒を握りしめる。

「ハァッ!!」

 キッチョムは足を緩め叫び声と共にレイジーの横っ腹をあぶみで蹴りつけた。「まだだ…君はもっとはやく走れるんだ!」レイジーにはキッチョムの言いたいことが手に取るように分かった。彼の体の中から熱いものが込みあげてくる。叫び声を上げずにはいられなかった。

 レイジーのいななきは石畳を飛び跳ね、家々の壁にぶつかり夜の闇に響き渡った。

キッチョムとレイジーは町の入口を蹄鉄の音を打ち鳴らし、落雷が天を裂くようなスピードで駆け抜けた。

風はキッチョムの耳元で悲鳴を上げた。暗い街並みが風に吹き飛ばされていく。吹き付ける風を真っ向から迎え撃つようにキッチョムは目を見開いた。道に転がる白い袋が彼の目に飛び込んでくる。マントが風を捕まえようと激しく音を立ている。

 右に流れゆこうとする袋をまるで川の中の魚を捕らえるかのように目の端でとらえるとキッチョムは鉤棒を振るった。すでに次の袋をキッチョムはその目に捕らえていた。鉤棒の先に引っかかった袋はキッチョムの周りを円を描くように吹き飛んだ。キッチョムは上半身を後ろに倒しそのまま次の袋を鉤棒で捕まえた。

一瞬の出来事だった、二つの袋は鞍のフックに収まった。しかし袋は恐ろしいほどの勢いでまだ流れてくる。


レイジーは必死に走った。その瞬間、鉤棒の間合いよりも遠い場所に袋が流れていくのが目に映った。でも止まらなかった。

「絶対にとまるものか!!」

 キッチョムは片足をあぶみから離し、レイジーを跨ぐと濁流のように流れていく石畳に今にも飛び込もうとする。あぶみに残った片足に力を入れると体を流れに落とした。手を伸ばし、鉤棒を槍のように突きつける。キッチョムの体が地面に落ちていく。手首をねじり力を入れ、鉤棒を天にかざした。奥歯を力いっぱいかみ合わせると自由な足を振り上げる。そして激しく流れゆく石畳を鉤棒の末端で力の限り弾いた。

 キッチョムの体が宙に浮いた。あぶみにかかった足を軸に体重を移動させ片足を鞍に乗せた。キッチョムの左手に袋が落ちてくる。

 鉤棒の末端を握るとキッチョムは鉤棒を大きく振り回す。目の前に流れてくる袋は消えてしまったかのように鉤棒の先が持って行ってしまう。鞍につながれた袋は確実に数を増やしていった。レイジーの耳の後ろでキッチョムのマントが音を立てて暴れていた。


 レイジーの前方に黒く大きな壁が立ちはだかった。ロシュフォール・レックスの黒い壁だ。ロシュフォールは言った。『俺はあの道を全速力で駆け抜け壁に突っ込み、そして曲がることができる…』

「僕にだって…!!」

 黒く大きな壁は驚くべきスピードでレイジーに迫ってくる。

「とまるもんか!!絶対に足を緩めないからな!!」

レイジーは首を激しく振りたてがみを揺さぶると、さらにきつく石畳を叩いた。レイジーの目線が壁伝いに連なる暗い路地に向けられた。曲がり角だ。

 激しく石畳を蹴りながら体を倒す。全体重が四本の足にかかる。首を低く落とそうとするがレイジーの首は浮き上がっていく。体が徐々にバランスを失っていく…。レイジーの首筋に冷たい汗が噴き出した。曲がりきれそうになかった。

「吹き飛ばされる!!」

 レイジーは足を跳ね上げ目を閉じた。


 キッチョムの目にも 迫りくる壁が見えた。あぶみから両足を外した。レイジーの体が激しく傾くと鞍を蹴った。宙に投げ飛ばされる瞬間反転し片手で鞍を掴む。レイジーの体を引き寄せ、力いっぱいあぶみに片足を踏み入れレイジーの体を固定した。宙を舞う手綱がキッチョムの視野に入った。両手は塞がっていた。キッチョムは目を見開くと目の前の手綱に噛みつき、首の筋が切れんばかりに手綱を引きあげた。

 レイジーの首に力が加わった。突然レイジーの体はバランスを取り戻した。暗い路地に恐ろしい速さで吸い込まれていく。


 レイジーが目を開いた時、暗い路地が吹き飛び月の光が届く広い通りがすぐそこに迫っていた。前足を高々と上げながら、後ろ脚を蹴り上げた。キッチョムを背に宙を舞った。キッチョムが叫び声を上げた。

「レイジー、レイジー、君はすごい!!」

 月の光で輝く石畳に蹄鉄の音が響きたったときレイジーは今までにない最高の気分を味わっていた。

「僕はいま最高の仕事をしたんだ!!」

 だからといってレイジーは足を止めなかった。『墓守と町に入ったら絶対に足をとめるな…』だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ