29勇敢なる者たち-10-
微かな月明かりに照らし出され始めたバルバドスの広場に微かに馬の蹄の音が響き始めていた。
言葉を失いぼんやりと炎を見つめているガードナーをロウガンはニヤつきながら見ていたが、その音を聞くといぶかしげに眼を音のする方へ向けた。霧が激しく揺れたかと思うと遠くに微かな月明かりに照らし出されて白馬が姿を現す。馬上にリディアーヌ・グレスフォードを見つけると、微かな舌打ちとともに体を白馬へと向けた。
キャンディエットはスピードを落とし悠々とバルバドスの広場へと入ってくる。バルバドスに待機していた。男たちは呆けたようにその様子をただ眺めていた。ロウガンはリィディアとキャンディエットがまっすぐこちらに向かってくるのを確かめると自ら歩み寄っていく。
ロウガンは薄気味悪い笑みを見せると馬上のリディアのいでたちを見つめた。
「ハハハ、これまたどういうつもりだ!リディア!学芸会でもおっぱじめるつもりか!?ガキのお芝居でももっとましな装備を整えるもんだ!」
そういうと緊張していたバルバドスに男たちのかすかな嘲笑が響いた。
「女ドンキ・ホーテ!バルバドスの塔は巨人じゃないぞ!……ああ、あれは風車だったか!?」
そう誰かが叫ぶとどっと笑い声がバルバドスに響き渡った。
リディアは奥歯をかみしめ、辺りを睨み付けたが、われ関せずを装いキャンディエットの歩を進めさせロウガンの目前にやってきた。そして手綱をきつく引き上げると同時にキャンディエットは前足を高々とあげる。
ロウガンは思わず蹴り上げられるかと思い飛びのいた。
その様子をみつめ意地悪くリディアは笑みを見せた。
前足で空を掻いたキャンディエットは踵を返し、男たちに向き直る。
「あなた方はいつまで聴衆でいるつもり!?他人事であなたたちの家族を、大切なものを守れるとでも?ドンキ・ホーテは勇気と希望を持ち、正義を貫いた人物だわ!真実を見極めることができず、人を嘲り、求めるだけの哀れな民衆とは違う!!真実から目をそむけ、ハカモリの命を奪おうとしたあなた方に本当に大切なものが見極められはずないわ!大切なものを見いだせない者やいま何をするべきか見いだせない者は、無駄に命を落とす必要はない、いますぐバルバドスから立ち去りなさい!わたしには戦う理由があるの!あなたたちに本当に戦う理由があるとは、私には思えない!」
バレル・ガードナーはその瞳をあげ、リィディアを見つめていた。美しい顔立ちではあるがその強気な姿勢が表情にありありと見て取れた。
変わり者、じゃじゃ馬、女ドンキ・ホーテ……。彼女をあざ笑う言葉などいくらでも浮かんでくる。彼女だとて、そんなことわかっているであろう。しかし幼いときから、今に至ってもそれは変わらない。そんな彼女が舞台にあがったところで体のいい喜劇であろう。
男たちは黙りこくっていた。声を上げるものはいない。もしかしたら、家族を、財産を、仕事を……それぞれに大切なものを思い描いているものがいるかもしれない。しかし大半は心の中でリディアに反発し、怪物など人数がそろっていればどうとでもなると考えているに違いなかった。それは誰一人として、たった一人で怪物に立ち向かう勇気を持ち合わせていない証拠だ。残念だが、ひとりでは何もできず、なにもしようとしないのが民衆の常なのだ。
そんなことを考えていたガードナーの持つマントを握り、取り上げたものがいた。ガードナーは驚いたようにその眼を一人の男に向けた。いつのまにか立ち上がりそばに立っていたのはハンソン・フランクだった。
「この役目、僕に譲っていただけませんか?ガードナーさん」
「なっ……?」
「僕にはあるんです、戦う理由が……。あのアルトから……、あんなに素敵な笑顔を毎日僕に向けていてくれたアルトから、笑顔が消えてしまったんです。どうすればいいか、僕にはわからない。ただ勇気と希望を失いたくはない……。だからいまできることをやりたいんです」そういうとフランクはガードナーに笑みを向けた「あなたの歳で、その体格では、すぐに怪物に追いつかれるでしょう」
「な、なんだと……?!」
「大丈夫、僕はこう見えても足には自信あるんですよ」
そういうとフランクはマントを強く握りしめ、リディアに目を向けた。
「彼女はハカモリを救った……、あなたも。この町の自警団は、まだあなたを必要としているんです。それにケルビム・サムも」
フランクはそういうとロウガンにちらりと目を向けた。ガードナーはその視線を思わずたどり、ロウガンを見た。ロウガンは立ち尽くしこちらを見ていた。ガードナーを睨みつけていたが薄気味悪い笑みを見せ、二人に背を向け歩き去った。