29勇敢なる者たち-9-
バルバドスに集まる男たちの足元地中深くには、忘れられたグレスデンの地下水路の中心があった。まさにその中心に彼らが恐れる悪魔が眠っているのである。
このときスプリング・ヒールド・ジャックの顔の上には二つの炎が灯り始めていた。ごそごそと体を動かすと、足元の鉄くずの山に肘があたり音をたてる。鉄が崩れる音が響き渡ると同時にジャックの瞳の炎が大きくなる。飛び上がるように体を伸ばすと暗闇に瞳をこらした。
「さあ、今夜こそ人間どもに恐怖を存分に味あわせてやる」
そういうとジャックは腰をかがめ、鉄の音が遠ざかっていくのを感じながら、不敵な笑みを見せた。
遠く地下水路の中でその音に耳を傾けているものがいた。光の届かない闇の中を小さな蝋燭が頼りなげに揺れている。黒いローブを羽織った人影が水路の壁に大きく映し出されている。その人影は手に黒塗りの模型船を抱えていた。
鉄音を聞きながら人影は笑みを浮かべ片膝をついた。
懐に抱えていた黒塗の模型船を水路に浮かべると手に持った蝋燭を船の上に置く。そして黒地のカードと小さな布袋を黒船にのせた。
黒船から手を離し人影が立ち上がる。黒船はまるで行き先を探すようにゆっくりと回転した。やがてゆっくりと鉄音の響いてきた方向へと向かい走り出した。船にのせられた蝋燭は消えるどころか強く輝き、黒船は勢いよく水面を走っていく。
蝋燭の光が遠ざかっていくと残された人影は暗闇に飲み込まれるように姿を消した。
小さな明かりを辺りに投げかけながら黒船は地下水路の中心に向かっていく。ジャックは地下水路を進んで来る微かな明かりに気付いていた。警戒しながら戦闘態勢に入る。しかし小さなその黒い物体を遠目に見つけるといぶかしげに炎の瞳を揺らした。
波を揺らしながら進んで来るオモチャの模型船はジャックの足元で停止した。その船には黒いカードと布袋が置かれていた。彼は布袋の紐を鉄の爪にひっかけいぶかしげに見つめる。そしてカードを手に取る。
ジャックの瞳の炎は瞬き驚きを現した。カードから炎が噴き出していた。その炎は文字の形になっている。
『奴らに“地獄”をみせてやれ』
カードにはそう書かれていた。
ジャックは喉を鳴らし微かな笑い声を上げた。袋に目を向けると紐を緩め中の物を手の平に出してみる。袋の中身は砂のようなパウダー状の粉だった。手のひらに少し取り出しまじまじとその粉を見つめる。微かに硫黄のような匂いが鼻先をかすめた。
指先と手のひらを使いその粉の感触を確かめていると、不思議なことに手が熱を持ち始めた。白い煙がジャックの手のひらから噴き出し始めた。瞳の炎が音をたて大きくなると同時に手のひらが炎に包まれる。
ジャックは驚き手を振るったが炎は消えるどころか強くなるばかりだ。炎はジャックの手の平を黒い影にしてしまうほど赤く燃え盛り、照らし出される水路の風景は熱のせいか激しく揺れている。ジャックが水路に水を突っ込むと水が爆発するような音とともにあたりは蒸気に包まれる。ぐつぐつと煮えたぎる音が辺りを取り囲んでいた。
「こ、これは……。クックク……おもしろいじゃないか。地獄か……。まるで地獄の炎のようだ……。いっそのことこの世を地獄に変えて……!そうだ、本物の地獄に変えてやろう!どこのどいつか知らなんが、この粉さえあれば地獄を見せるどころか、この世界を地獄に変えることができるぞ!!」
ジャックは叫び声ともいえる咆哮を闇に包まれる水路に響かせた。