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29勇敢なる者たち-8-

 多くの松明が夜の闇にバルバドスの塔を明るく浮かび上がらせていた。

 バルバドスの塔は静かに町を見渡しながら、足元に集まってくる男たちを冷たく、ただ見下ろしている。

 その足元に早くから足を運び、大きな丸太に腰を掛けなにやら思いつめた眼差しで考え込む若者がいる。アルトの恋人、ハンソン・フランクである。その姿を見つけ不格好な靴音をたてて近づいてくるのは自警団隊長、バレル・ガードナーである。

 ガードナーの足音に気付かずフランクは目の前で炎をあげている薪に一心に眼を向けていた。彼は勢いよく燃え上がる炎に照らされるフランクの姿を見下すように眺めていたが、やがて口を開いた。

「アルトのそばにいてやらんでいいのか……?」

 その言葉を聞くと固まっていたフランクが静かにその眼をあげた。炎に照らし出されるその瞳の輝きは決して温かいものではなかった。

 ガードナーはその瞳を受けると辺りを見やる。続々と集まってくる男たちは数人で仲間をつくったり、焼かれた家はどうのと現状について語り合っているらしかった。どの影も自警団隊長であるガードナーを見出すことはなく語りかけてくるものもなかった。一塊となった影は遠く感じられ言葉をかけることが自然と憚られる。どうやら自分は孤立しているらしかった。

 わたしがハカモリを救ったからか……。ガードナーはいまさらながら自分のしたことを後悔せずにはいられなかったが、それは日和見主義の自分の勘が外れたということなのであろう。

 ガードナーは歳を取りすぎた。オスカー家を見切り、グレスフォード家に尻尾を振ったことが災いしたのだ。すでにグレスフォード家の権威は失墜している。ガードナーが若い頃ならいざ知らず、今に至ってはオスカー家の民心を掌握する力は絶大だった。民衆の欲しいものを与える、それがオスカー家のやり方だ。自分はそのオスカー家の舞台の登場人物でありながら、自らその舞台を降りた人間だった。民衆の不満は自分に向けられて当然であろう。

 ガードナーはフランクの見つめる炎に目を向けた。

 自分は、あの若者を……、松明を、ロウガンに引き渡すべきだったのだ。

 ぼんやりと炎を見つめるガードナーの肩になにものかが手を置き強く引いた。ガードナーは視線に入る人影に目を向けた。

その瞳は冷たくガードナーを見下し、その口元に侮蔑の笑みを浮かべていた。ローガン・ハン・オスカーである。ロウガンは黒い塊をガードナーの胸に押し当てると、さらに口角を上げ意地悪く笑った。

「おまえが、適任だろうと思ってな」

 その言葉を聞きガードナーは首を落とし、黒い塊を見つめた。ガードナーの脳裏にまず浮かんだのはハカモリの姿だった。ガードナーは顔をあげロウガンを見返した。

「こ、これは……?」

「決まっているだろう、奴をおびき出すんだよ。お前がハカモリの姿をしてな」

 ガードナーは重くのしかかるそのマントを手に取った。

「お前が化け物をおびき出すんだ、どういうわけかしらんが、化け物とまともにやり合ったのはあのハカモリくらだ。運がよけりゃ、喰いついてくるだろう。お前にとって運がいいか悪いかは知らないがな」

 その言葉を聞きガードナーはきつく奥歯をかみしめた。やはりロウガンは松明の火を消したことを根に持っていたのだ。ロウガンにとっては、ガードナーの行為は裏切り以外のなにものでもなかったであろう。彼が大人しく見ているだけでいるとは思わなかったが、その報いをこのような形で受けるとはガードナーも考えてはいなかった。

 ロウガンの眼を見返し、ガードナーは黙って重いマントを受け取った。

「そうだ、それでいいんだ。大人しく俺のいうことを聞いておけばよかったんだ」ロウガンはガードナーの反応を見るように、不敵な笑みを見せると「バルバドスに何人か人を残しておく。お前は町のなかで化け物を見つけここまで連れてくるんだ、たった一人で。わかったな……。期待しているぞ、自警団隊長殿。それからその腰の役立たずの豆鉄砲にもな!」

 そういうとロウガンは声をたてて笑った。


 すでにうっすらと霧があたりに漂っていた。周りの風景は靄がかかり、かすんで見える。足元には纏わりつくように濃い霧が流れている。ガードナーは唾を飲み込んだ。恐怖が胸に広がり喉元にこみ上げてくる。後悔などむなしいだけだ、悔やんだところで未来は変わりはしない。やってしまったものは仕方がないではないか、諦めるしかない。

 ガードナーのそばには彼を慕う隊員の姿もなかった。自警団隊長などという言葉はいまや自分を侮蔑する言葉でしかない。ため息交じりに、ロウガンから目を逸らすと焚火の炎に目を向け、ただぼんやりと眺める以外、彼にできることはなかった。


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