29勇敢なる者たち-6-
いつのまにか暗い庭に白い靄がかかり、地面に濃い霧が這うように流れている。
「霧よ、この霧はグレスフォードに危険が近づいている証拠なの。お母様の話して聞かせてくれるおとぎ話によく出てきたわ、不思議ね、わたしお父様の顔もお母様の顔もよく思い出せないけれどいつも話してくれたおとぎ話のことはよく覚えてるわ。霧が漂う夜はグレスフォードの王もその騎士たちも勇敢に戦うの……。いまのあなたのように……」
「リディア……」
「わたしにはグレスフォードの血が流れているのよ」リディアは腰を屈めルッベ少年に目線を合わせた。槍を地面に置き、ルッベ少年の両肩を握ると鉄なべのようなメットの作る影に隠れるルッベ少年の瞳を見つめる「あなたの馬を見る目は確かだわ、お願いよ、わたしにこの厩で一番の馬を預けてちょうだい。たしか……フォーレンハイト、あなたの自慢の馬ね」
「……いやだ」ルッベ少年は大なべのメットに顔を隠し、その表情をリディアに見せようとしなかった。
「お願いよ……ルッベ」
「いやだ……。フォーレンハイトはもう……二番目なんだよ……」
「え……?」
ルッベ少年は袖口で目元をぬぐうと顔をあげ、庭に体を向け大きく息を吸い、思いきり大きな指笛を鳴らした。
微かに馬のひずめの音が響き始めた。木々の隙間に白い毛並みが垣間見れたかと思うと人の腰ほどもあろうかという茂みを一匹の白馬が軽々と飛び越え姿を現した。まるで霧をもてあそぶかのように駆け回っている。白馬の足元の霧は舞い上がり、吹き飛ばされていく。
「あ、あんな子うちにいたかしら……」呆けたようにリディアはその姿に目を奪われながら口を開いた。
「ブルーブラッド・キャンディエット……グレスフォードの歴史上最速の名馬ブルーブラッドの血を引いているんだ、それに大柄でもっとも力の強いコーチの血を引いてる。二つの血統の直系だよ。その名馬中の名馬がいままで北のスコータスのおじさんの馬場で訓練を受けてたんだ」
「スコータス……名馬の産地ね」
「うん、最高級の教育を受けてる……、けど僕のいうことなんて聞きやしない、リディアそっくりのお転婆なんだ」
「なんですって!」リディアの拳骨がルッベ少年の頭に落ちた。
「へへ……いたかないよ」
「そ、それ役に立つじゃないの……」リディアは赤くなった拳をもみながら笑みを見せた。