29勇敢なる者たち-5-
広く美しい芝生を広げていたグレスフォード邸の庭は今では乗馬のためか、幾分茶色の地面が顔をのぞかせていた。そのただの広場ともいえるような庭の周りにはうっそうと木々が植えられ、夜の闇の中では一見したところ、森がそこに存在するかのように見える。朝になり太陽が顔を出せばかすかに壁が垣間見え、その広さは人の知るところとなるのだが。
その庭のすぐそばに厩があった。小さな頭でっかちの影がランプを持ち厩の外に出てきた。
ランプを掲げ、遠くの木々の隙間を見やるのは、マリヌス・ルッベ少年である。
珍しくハンチング帽をかぶることをやめ、大きな鍋のような鉄のメットを頭にのせていた。手には丸太を握りしめている。厩の中から嘶きが聞こえるとルッベ少年は腰を屈め、振り向きざま口元に人差し指を押し当てた。
「シ――ッ!しずかに、今夜は大人しくしてなくちゃだめだ」そういうと困ったようにまた暗い闇にたたずむ木々に目を向けた。
「よわったなあ……。お転婆なのは聞いていたけど、僕のいうことまったく聞かないじゃないか……」困ったように肩を落としながら丸太を地面に置くと、ランプを頭の上に掲げ大きく息を吸い込み指笛を吹こうとした。
「ルッベ……!」
ルッベ少年は驚き地面の丸太を拾い上げた。しかしその声は聞きなれた声だった。リディアの声だ。その声が押し殺したような小さな声で自分を呼んでいることに思い当たると。ルッベ少年は辺りを見わたす。
「ルッベ……こっち、こっちよ!」
ルッベ少年は辺りをきょろきょろ見わたし、リディアの顔を見つけた。リディアは厩の傍のしげみに隠れ、顔だけ出していた。
「リ、リディア……?なにしてるの?」
「なにって……。あなた一人?」
「うん……」
「あなたこそ、そんなとこでなにしてるのよ!?」
「きまってるじゃないか、みんなを守るんだよ」そういうと暗い厩の奥をルッベは見つめた。微かに馬たちの息遣いが感じられた。
「そう……」リディアはルッベのいうことを聞くと茂みから頭一つ出したままなにやら考えるそぶりを見せた。
「リディアこそ、そこでなにやってるんだよ」
リディアは仕方ないといったふうに、息を吐きながら立ち上がった。
「な、なんだよ!そのかっこう!?」
リディアは茂みをまたぎ、その姿をルッベ少年に見せた。上半身は鎖帷子に覆われ、右肩には革製のパッド、乗馬用のズボンにブーツ、腰にはサーベルといういでたちに、あろうことか半分に折れた槍を手に持っていた。肩の革紐が肩のパッドにあたるとなにやら担ぎなおして見せる。どうやらベース上の小さな盾を背負っているらしかった。
「これでも……あなたよりはましだと思うけど……」リディアはルッベの姿を舐めあげるように見つめ、にやにやと笑って見せた。
「なっ……!?」ルッベ少年は丸太を背中に急いで隠した「まさか……」
「そう、そのまさかよ」
「う、馬は出させないからな!!それにリディアを行かせるわけないだろう!?」
リディアはやっぱりというようにため息をついた。
「じゃあ、二人で屋敷にもどりましょう、外は危険だわ」
「……いやだ」ルッベ少年はうつむき、声を小さくした。
「わたしにもあなたと同じように守りたいものがあるのよ。あなたならわかるでしょう?」
ルッベ少年はうつむきだまったまま首を振った。
「ルッベ、あなたは勇敢だわ。そして幸せ者よ、命を懸けて守るものがあるんだから……」
「リディアはなにを……なにを守るっていうのさ?」
「きまってるわ、この町よ、グレスデンよ」
「そ、そんなの自警団がいるじゃないか……リディアがすることじゃないだろ!?」
「わたしはグレスフォードの人間よ、グレスフォードの血が流れているの」
「だからなんだっていうのさ、グレスフォードなんてとっくに……」ルッベ少年はそこまでいうと言葉を飲み込んだ。
「……わかってるわ。そんなこと……とっくの昔に没落し、今じゃ財産なんて呼べるものもこの屋敷くらいね……。でもね……でもね、ルッベ。見て……」
ルッベ少年は顔をあげリディアを見た。リディアはまるで遠くを見つめるように庭を見わたしていた。ルッベ少年はその目線を追いかけるように庭を見わたした。