29.勇敢なる者たち
漆黒の闇に包まれていたグレスデンの町にもかすかに月明かりが届き始めていた。松明の明かりが一つまた一つと街中を行き来する。どれも急ぎ足で、いくつかの小さな影を引き連れている松明もあった。だれもがこの数日の恐ろしい出来事に終止符を打つことを望んでいた。しかし、ほとんどのものがこの夜をいかに乗り越えるべきかを知らないでいる。顔見知りを数人ずつ集め、ひとまとまりに固まって、ただ震えて時を過ごすのみの者がほとんどだった。
いつのまにか松明の炎は強い意志のあるものたちの手にゆだねられていた。その炎は一つまた一つと数を増やしながら、グレスデンの中央に位置するバルバドスの塔へと向かい始めていた。
頼りない蝋燭の炎がうっすらと白い土壁を浮かび上がらせていた。自警団副隊長のカールの目にもその橙色の明かりが反射していた。彼の目はいつの時からか、ドアのそばに欠けられている自警団の帽子に向けられていた。
明かりが激しく揺れるとカールは首をあげ蝋燭に目を向ける。寝台の横のテーブルに置かれている蝋燭が隙間風のせいか激しく揺れていた。彼はその蝋燭台に手を伸ばし取り上げると、ベットから足を出しため息をついた。
まるで隙間風を避けるように立ち上がり、蝋燭を自警団の帽子へと向け近づいていく。
「わたしは……、ここで何をしているのだろう……」
数件の家が焼かれ、人が焼き殺されたということは彼の耳にも入っていた。自警団の若者が朝早く様子を見に来てくれた。彼は階段のそばに出て耳を階下に向けて、妻とその若者の話を盗み聞きしていた。恐ろしさで最後まで聞くことができず耳を塞ぎ部屋へと取って返した。結局のところ、若者はカールに顔を見せずに帰っていった。気を使ったのか……、それとも妻が追い返したのか、もしかしたら自分の様子を聞きあきれて帰ってしまったのかもしれない……。考えがそこまで及ぶと彼は唇をきつくかみしめた。怒りにも似た感情が微かに湧き起っていた。
「わ、わたしはガードナーに暇をもらったんだ、彼の命令なんだから……。私は休まなければいけないんだ……」
彼は瞳を閉じた。自らの心の中に微かに湧き起る小さな怒りの感情。それは、いったいどこからやってくるのか……。
「……明日の朝になればすべて元通りだ。わたしはあんな恐ろしい思いを二度としたくない……。みんなが何とかしてくれる。ガードナーは言った。事件が解決するまで大人しくしてろと……」
彼の心の中の微かな怒りは次第に炎のように熱を持ち始めてるかのようだった。
彼は瞳を開いた。自警団の帽子の漆黒の羽が目に飛び込んできた。自警団副隊長を記すその羽は彼の誇りだった。やがてそれは、いずれケルビムサムという銃にとって代わり、彼は自警団隊長となる。
彼の瞳が涙で揺れた。
「ああ、この小さな怒りにもにた感情は……私のちっぽけな……誇りなんだ……」
カールの肩にガードナーのごつごつした手が置かれる感触が思いだされた『いいか、アルトから目を離すんじゃないぞ……』
その言葉を思い出しながら彼は自らの肩に触れる。『おまえが町の奴らの茶番に付き合う必要はない』その言葉は彼の自尊心をくすぐる最大の賛辞ではなかったか。
「わたしには……私にしかできない、わたしがやるべき仕事があったはずだ……!わたしはいったいここでなにを……。シーツにしがみつき、がたがた震えているなんて……、そんな、そんな姿が自警団副隊長のあるべき姿なのか!?」
歯を食いしばり袖口で目元をぬぐうと、彼は腕を伸ばし、震える指先で漆黒の羽に触れた。