28.愚か者の叫び-4-
スタンは厩の前に向かうとその暗い入り口を睨み付ける。足を踏み出し厩に入ると微かに暗い闇の空気が震える。
「ロシュフォール・レックス……おまえだろ?レクイエムソードをどこに隠した?」
馬の鼻を鳴らす音、微かに足踏みをする音が聞こえた。その音がすると同時にスタンのブーツに何かがぶつかった。微かに顔を出し始めた月明かりがスタンの足元に届いている。その月明かりの中に光を吸い込むように、それでいて光を反射させ輝く剣の鞘が顔をのぞかせていた。スタンはそれを取り上げる。
「わかってるじゃないか……、ハハ……正直かなりあせったがな……。剣を隠してたってことはわかってるんだろ?いくぞ、グレスデンへ……」
スタンは厩の丸太を蹴り上げ地面に落とした。ロシュの艶やかな黒い前足が月明かりの中に踏み出された。
「い……いかせないからな……」キッチョムのか細い声を聞きスタンは振り向いた、と同時にロシュの背中に鞍をのせ、その背中をおした。
「おい……なんだ?その眼は……なにか言いたげだな?」スタンはキッチョムの襟首を両腕で握り引き上げた。キッチョムの微かに震えるよわよわしい瞳を見つめた「俺になにを期待しているんだ?俺が踏みとどまるとでも思っているのか!?そこをどけろっ!」
スタンは腕を引き絞りキッチョムを馬小屋の壁に叩きつけた。キッチョムは壁に背中を預けながらその場に崩れ落ちていく。キッチョムの瞳はもうスタンを追いかけはしなかった。月明かりが厩の入口にスタンの影を浮かび上がらせていた。
「俺たちは似た者同士だな……愚か者だ」スタンの笑い声が厩の闇にむなしく響く「俺もお前に期待していたのさ……、お前に希望を見出し、おまえを信じた……。愚かだったよ、いまになって俺はそのことに気付いちまった。俺は自分の人生を取り戻すんだ……」スタンのレクイエムソードを握る腕に力がこもる「俺はお前とは違う、俺は俺の人生を生きる……」
「……スタン、行かないでくれ……。君が町に行けば……もし、君のことが町に知れれば君はソルマントにいられない……わかるだろ?君だけじゃない……僕も……。ソルマントだって……なにもかも……」
「いってろよ……」スタンは厩を歩み出ると、ロシュの背中に鞍をきつくしばりつけた。
「いかないでくれよ……行かないでくれ!」
スタンはロシュの背にまたがると鐙で腹をきつく打ち据える。きつく手綱を引き上げるとロシュは両足を高々と振り上げた。
ロシュの漆黒の瞳に厩から頼りなげに出てくるキッチョムの姿がうつる。その瞳は微かに怒りをたたえ、深い悲しみに彩られていた。ロシュは後ろ足を激しく蹴り上げ、キッチョムの声を振り切るように駆け出した。
「……いくな!!いかなでくれ!!スタン!戻ってきてくれ!!終わりだ!!終わりなんだぞ!!」厩を出たキッチョムは走りゆくロシュに触れようと手を伸ばしたが、その手は吹きすさぶ風に微かに触れただけだった。膝が折れるかのようにキッチョムは力尽き崩れ落ちる。キッチョムの耳にロシュの蹄の音が響いていた。
闇に包まれていたソルマントの墓場が月明かりにうっすら浮かびあがっていた。墓場はうっすらと霞をかぶり揺れているように見えた。
「……スタン……行かないでくれよ!!お願いだ!戻ってきてくれ!終わりだ!なにもかも!僕たちは終わってしまうんだぞ!!」キッチョムの頭がうなだれるように落ちた。微かな喉の震えが言葉となって夜の闇に響く「……なんで……どうしてなんだ……?どうして……僕が馬鹿だった……だから、帰ってくてくれよ……お願いだ、行かないでくれよ……スタン……帰ってきて……」キッチョムは身をかがめ、額をつめたく冷えた土に押し当てた。涙が流れ落ち土に黒いしみをつくる。ただキッチョムはその耳に遠ざかるロシュの蹄の音を聞きながら、強く拳を握りしめることしかできないでいた。