28.愚か者の叫び-3-
スタンの拳から紫煙が恐ろしい勢いで噴出していた。瞳は怒りに震え、冷たくキッチョムを見下ろしている。
「泣き言を聞いている時間はないんだ!いえ!デスダストをどこへやった!!」
キッチョムは上半身を持ち上げ、スタンを睨み付けた。
「ないって言ってるだろ!作ってないんだよ……!!僕はハカモリをやめるつもりだったんだから!!」
「……それがどうした……?やめたければ勝手にやめればいい!!」スタンは恐ろしいほどに冷たい目でキッチョムを見下していた。いまや頬肉からも紫煙が吹き出し、黒い液体が首筋をつたって流れ落ちていた。
「やめてどうするんだ?……おまえになにができる?」
キッチョムは倒れ込んだままうつむき、拳を握りしめた。スタンから目を逸らし、よわよわしげに答えた。
「ここを出て……、学問をするんだ……遠くの国へいって……」
「学問か……なんの学問だ?何を学ぶんだ?どこで?なにを学びたいんだ!?」
「学問は……学問さ……」キッチョムは唇をきつくかみしめた。血の鉄臭い味が口内に人がる。くやしかった。自分はなにひとつ、まともに答えることができない。うつむき消え入るような声しか出せないでいた。
「学問か!!学問のガの字も知らないやつが聞いてあきれる!!」
「きみは外の世界を!昼の世界を知ってるからそんなことがいえるんだ!!僕だって!僕だって……きっと!!」
「きっとなんだ……?世界中を楽しく渡り歩けるとでも……?学問をやって偉人にでもなるつもりか……?ククク……聞いてあきれるぜ……!たかがハカモリひとつろくにできやしないやつが。おい、キッチョム……顔をあげろよ……」
キッチョムはゆっくりと顔をあげる。その眼はスタンを睨み付けていた。スタンはその眼をあざ笑うかのように見返しながら口を開いた。
「……おまえ、なんで俺をメシアの木の根元に埋めた?墓穴ならもっとほかに堀やすい場所があっただろう……?」
スタンを睨み付けていたキッチョムの目もとの力が緩んだ。いぶかしげな瞳がかすかに動揺の色を浮かべていた。
「クク……、いいか、外の世界じゃおまえみたいなやつのことをなんて呼ぶか教えてやろうか?……愚か者だ……愚か者というんだ!自分ではなにもできないくせに、人に期待ばかりしてるやつらのことだ!俺がお前をこのソルマントから連れ出してくれるとでも思ったのか!?俺がお前に世の中を見せてくれるとでも思ったのか!?」
「僕は……、そんなつもりは……」
「俺はソルマントの死人だ!!俺になにができる!?ここを出て、デスダストなしでなにができるっていうんだっ!?……クク……とんだ誤算だったよ、おまえがこれほどまでに腰抜けだったとはなっ!よく聞け……お前は俺のでっち上げに踊らされたのさ!!世の中が陽の光に満たされているだって!?道はどこまでも続き人々は俺たちを笑顔で迎えてくれるだって!?道のりは俺たちの好奇心を満たし尽きることのない冒険の日々が待っているだと!?そんなものは世間知らずの戯言だ!!」スタンは腰を屈め、キッチョム襟首をねじ上げると、その体を引き上げた「教えてやる!この世がどんなに汚れ、闇に満ちているか!!」スタンは瞳孔が凝縮した漆黒の瞳で彼を睨み付けていた。
「お前の知りたい世界は血に満たされ、欲に汚れ、闘争に明け暮れる世界だ!希望を奪い、ぬくもりを蔑む!権力と金がすべて!それが世界の意思となり血となって動いているのさ!その怪物を前におまえの夢は蛆の戯言、希望は破滅の灯火だ!俺がどうやってソルマントに行き着いたと思う!?何百!何千という人の命を奪い続け、追われ続けてたどり着いたのが、このソルマントだ!!」
「……うそだ……そんな……」
「ククク……そうか?そう思うか?いったろ?おまえは俺に踊らされたんだよ!俺は自らの命を犠牲にしてまでも手に入れたいものがあるのさ……。……デスダストだ」
「……デスダスト……?」
「命を捨てて得ることができるもの……永遠の命……不死なる肉体だ!」
「……デスダストは……ソルマントの死人は、不死なんかじゃ……!」
「わからないのか?デスダストはまだ完成しちゃいない……。レギオンがどうしてソルマントにいられなくなったのか忘れたのか?」
「そ……それは……」
「なんだ……?わすれちまったのか?やつはクロードの体を切り刻みデスダストに変えちまったんだ!デスダストを完成させるためにソルマントの死人を実験台に使い、材料にしちまったんだぞ!」
「ちがう!!嘘だ!!レギオンは……レギオンは……」
「おい、どうした俺はやつを攻めてるんじゃないぜ……。俺が攻めてるのはおまえさ、キッチョム!デスダストをつくれ!完成させろ!!」スタンはキッチョムを地面になぎ倒すと背を向け歩き始めた。
「……ど、どこいくんだよ!」
「きまってるだろ……グレスデンだ……」
「……だめだ、スタン……いっちゃだめだ……」
キッチョムは立ち上がり、背を向け歩いていくスタンをふらふらと追いかけていく。