この人、魔王です! 〜人の王のふりをする魔王と、それを知ってる小姓の物語〜
この国の玉座に座る、長い黒髪を持つ美しいこの男は、実は魔王だった。
それを知るのは後ろで静かに震える小姓のみ。
とある大陸で二つの勢力が長年争っていた。
一つは魔の力に溺れ、闇に堕ちたオボロの民。彼らは魔族と呼ばれた。
もう一つは、力に抗い聖なる力を手に入れた、クロージュの民。魔族と区別するため、光族と自らを呼んだ。
両者の力は拮抗していた。いや、力の制約がない分、魔族の方がわずかばかり上手かともいわれる。
しかし、月の満ち欠けがその力に影響を及ぼす魔族。そのタイミングを見て光族はここぞとばかりに領地を取り戻す。 そんなことを飽きずに何世代にもわたって繰り返していた。
さて、魔族の頂点と呼べる魔王は何をしているかと言うと、実は今、光族――クロージュの民の王様をやっている。
光族を内部から操っているので、魔族が押されそうになるとうまいこと策略を頓挫させて、均衡をとりもどす。
ここ最近前線があまり動かないのは、実は彼のせいだった。
なぜこうなったのか。
それは、単に魔王の好奇心が旺盛すぎたからだ。
それはオボロの一族の性でもあり、中でも好奇心が強い方だった彼は、力を極め、オボロ一族の頂点に上り詰めた。オボロの民が闇の力に溺れたのも、ひとえにその性からだろう。
その生活に少し飽きてきて、つい、ふらりと遠出する魔王。
通常魔族はその魔の力を抑えきれず、容姿が醜く歪む。しかし、魔王は力をうまく操れすぎたので、たいそう美しかった。
それが功を奏したのか、光族の街でうろついても、誰も気が付かなかった
一方で、光族の長である国王はどんな人物かと言うと、その姿を実は誰も知らなかった。彼は『顔のない王』と呼ばれていた。
何故そんなことになったのかと言うと、代々の王は魔族に手酷くやられてしまっていたから。世襲制のため、ある代から「顔を知られているから殺されるのだ」と、引きこもり始めた。そう、『顔のない王』は今代の王に始まったことではないのだ。
引きこもりがどうやって国の政を司るのかというと、何のことはない、直接運営しているのは王立の議会なので、そこで議論されたことに最終指示を出すのが王の役目。自室から特別な仕組みを持つ手紙をもって指示を出している。
この仕組み、周りの貴族たちも強く賛同している。なぜなら、自分たちの好きなように政治を動かせるから。
その手紙を運んだり王の身の回りの世話をするのは、ほかの国の常と異なり、身分も低くコネもない少年。なぜかというと、勢力に偏りが出て不正が起きないようにするため。あれやこれやの経緯があった末、この形に落ち着いた。
小姓を取り入ろうとする貴族ももちろんいたが、今のところうまく回っている。
ある時、とうとう魔王が王宮の奥深くまでたどり着いた。盤上競技で言うところの王手だろう。
しかしその美しさと、悠々とした振る舞いから、誰も彼が魔王だとは疑わない。むしろどこの貴人かと、丁寧に扱われる始末。
何の問題もなく、王の居室にたどり着く。
ようやく、その部屋の入り口に立つ小姓から、「どちらさまですか」と誰何が。
別段隠しているわけではない魔王は、「あなたたちからは魔王と呼ばれている者です」と告げた。
そんなことを言われても困る小姓は、顔面蒼白になる。自分で何かできるわけもなく、よくわからない仕草で頷いてるのか何なのか、ふらりと振り返って、王に来訪を告げにいった。
小姓だけ顔を知るこの国の王は、中肉中背。悪く言えばごく普通の、ありきたりなそこら辺にいそうなおじさん。
「陛下。魔王が来ました」
震える声で小姓はそれだけ伝える。
『そんなもの、信じられるわけがない』と言いそうなものだが、代々魔王に殺されてきた王家の者である王は、すわきたかと、一瞬で納得する。筋金入りの魔王恐怖症だ。
告げた小姓の目の前で、なんと王の印である王冠もマントも高貴な服もすべて脱ぎ捨てる。「こんなもの、いるか!」と。
下穿きだけの姿になった王は、文字通りすべてをなげうって、さっさと秘密の隠し通路を使って逃げ出してしまった。
いつまで経っても開かない扉にさすがに業を煮やした魔王は、自ら王の間の扉を開ける。
業を煮やしたと言っても、民間人にとっても大変長い時間を待ってから扉を空けたので、王はとっくのとうに遠方へ逃げ失せていた。
も抜けの殻になった王の間には、今、小姓と怪しい美しさの魔王だけ。
魔王は興味深そうに辺りを見回す。あちこちの家具をいじったり、カーテンを開けたり閉めたり。
そして、落ちていた王冠をつかむ。
「これは?」
「王様が……。いらないそうです」
「かぶっていいと思う?」
「……」
「意外と似合うね。うん。やってみようかな」
魔王は鏡を見ながらにっこり。
「王様」
「………………」
「これって、無血革命?」
それから数年。意外と国はうまく回っていた。そもそもこれまでも王というより貴族たちが国を回していたのだ。そこに、王に扮した魔王が少し口を出すようになっただけ。
ゲームみたいで面白いという魔王は、あまり過剰にならないようにしつつ、ちょっとずつ自分の意見を染み込ませる手法を楽しんでいるようにもみえた。
光族が優位に立つと、うまい具合に足を引っ張る貴族の意見を取り入れたり、魔族の特性を熟知する魔王ならではのタイミングで人の軍を動かして、しっぺ返しを食らわせたり。
逆に魔族が優位すぎる時には、上手い具合に光族が侵攻できるルートを確保したり。
はたから見ると、盤上競技の一人試合をしているようにも見えた。それを見てるのは小姓だけだが。
長い付き合いになってきた小姓は、魔王と多少は話せるようになってきた。
というよりは、好奇心旺盛な魔王がやたらと話しかけるので、返事をしないわけにはいかなかったから。そして、魔王は話に聞くような理不尽な存在でもないように思えたから。
「魔王様。なぜ、光族を滅ぼさないのです?」
「うーん。滅ぼすと、どうなると思う?」
「魔族が繁栄します」
「そうだね。そして、そのうち仲間割れが始まって、また中で敵対するのだろうね」
「……それなら、光族が勝った場合はどうなるのでしょう」
「光族が魔力をあまり使わないのは、魔力を使っておぞましい姿になるオボロの民をみているから。そして、その力を使うのがカッコ悪いことだと、皆の共通認識であるからなんだ。ちょっと悪用しただけでも、『魔族みたいなことをするなよ』という言葉が抑止力になるんだろうね」
妖艶なこの男は、小姓のやや遠慮のなくなった問いかけにも気を悪くせずに微笑みながら答える。問答などが好きなのだろう。
「だから、オボロの民がいなくなれば、光族の中からまた魔力に溺れる人が出てくるよ。まあ、皆が僕みたいに魔力に溺れず上手く泳げたらとてもいいんだけどね」
「では、魔王様は、両者の平穏な暮らしを願って今のような政治を行っているのですか?」
「とんでもない! 僕はそこにはあまり興味はないよ。ただ、動きがあったほうが面白いだろ? 滞留すると、空気が淀むようになるからね」
楽しそうにこの美しい男は窓の外を眺める。
この、魔力を思うがままに使える存在が趣味で運営する二つの国。
小姓は時折、このままでいいのかと思い悩むが、時折このままでもいいのではとも思い悩む。
魔王が光族の王であれば、この国の王は殺されることはない。長く緩やかに続く善政。
おそらく魔王のことがバレればその時はずっとそばにいた小姓の命もないのだろう。
命を賭してまで、このバランスを崩す意味とは?
この状況は、おそらくこの魔王の命が尽きるまで続くだろう。自分より年上のこの男だが、魔族は長命だと聞く。
そしてまた、小姓は時折思う。ここでバラしたらどんな反応がくるのかと。
長年ともに過ごすことで、好奇心旺盛な魔王の性格がうつったのかもしれない。
貴族に言ったら? 訪れた軍人に言ったら? 集まった群衆に言ったら?
言いたくてうずうずするこの言葉を胸に秘めながら、小姓は魔王の後ろに控える。
ーー「この人、魔王です」




