第5話/99話 「王子様 それは遠く」
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アタシは王子様というやつが嫌いだ。
王子様そのものも嫌いだし、いわゆる創作の王子様役が嫌いだ。
幼い頃読んだ絵本や友達の家の少女コミックには必ずヒロインを助けるポジションや結ばれる王子様が出てきた。
ヒロインの目的や作品のテーマが王子様と結ばれることが大半であったように思う。
現実にはそんな素晴らしく都合の良い男は存在しないし、いたとしても結ばれるのは見目麗しいヒロインのお姫様。
アタシは物語のお姫様ではないし、かわいいヒロインでもない。
王子様はアタシを選ばない。
王子様とは手に入らない概念上の存在でしかない。
手に入るのならば、という仮定付きならアタシは王子様という概念を好きになるかもしれない。
手に入らない素晴らしい概念は憎むべき対象でしかない。
アタシは王子様というやつが嫌いだ。
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5月24日(月)
「あ、うわきソング」
給食の時間、イサオがそんなことをボソッとつぶやいた。
BGMとしてスピーカーから流れる歌に反応したらしい。
「『魔女の宅急便』の歌だろ。うわきの歌なのか?」
「歌詞ちゃんと見ると、そうだよ。うわきした男にキレるおくさんの歌」
トモクニの疑問に答えるスズちゃん。
「へえ。お前らよくしってんな」
「でも私、『まじょたく』好きだから、そんな風に言われるとちょっと悲しい」
「あ、アタシもちょっとムカつくわ」
「いや、ごめん。悪い悪い。つい言っちゃっただけ」
不満をあらわにしたスズちゃんとアタシに、慌ててイサオが謝る。
男女関係の微妙な話題が出ている際、男子は弱い。雰囲気とパワーバランスの問題である。
「2人とも好きでけっこんしたのに、なんでうわきなんかするんだろうな」
「そりゃ相手にまんぞくできないからでしょ」
「シオリ、その言い方だとうわきされる方が悪い、みたいに聞こえるぞ」
「トンボとけっこんしたキキはうわきしそうだよな」
「キキちゃんは、そんな子じゃないよ」
「そうかあ?」
アタシも、キキは浮気しそうだと思うけど、作品が好きだと言っているスズちゃんにそれは言わない方が良いと思う。
「結局さ、けっこんしたときは相手が王子様でも、だんだん『なんかちがう』みたいなのが重なってくと、相手から心がはなれちゃって、他の人とうわきするのかなあ」
「王子様って?」
「たとえ話よ。ディズニーとかだと、物語のシメは王子様とお姫様がむすばれるものでしょ」
スズちゃんの話にトモクニが今一つ理解していない様子だったので、解説してやる。
「そういうことかあ。日本の王子様がけっこんしたってニュースやってたから、関係あるのかと思ったぜ」
「皇太子でんかでしょ。あれは……」
「「あれは王子様じゃない」」
アタシとスズちゃんの声がハモる。
互いに驚いた視線を交わして、ニヤッとする。
なんだか心が通じ合っているみたいでうれしくなる。
「なんだよ、お前ら……そんなに強く言うことないじゃんかよ……」
「天皇へいかが日本の王様なんだから、王子様でいいと思うけどな」
アタシたちの否定に多少ヒキ気味のトモクニをイサオが庇う。
が、そういう問題ではないのだ。
「トモくん。王子様っていうのは、その男の人とけっこんしたら、女の人みんなから、うらやましいって思われて、男の人全員から『あいつに負けたなら仕方ない』って思われなきゃいけないの」
「王子様が選んだ女の子ならお姫様にちがいない、って思われるのも大事よ。その点、今回の皇太子でんかのけっこんは……うーん……」
言いよどむアタシ。
違うことは理解しているのだが、何が違うのかと言われれば小学生の頭に言語化は難しかった。
「あー、たしかに、母ちゃんが美容室で読むみたいな雑誌だと、皇太子のけっこん、あんまりほめられてなかったな」
時々、女性週刊誌もらってくるんだけど、という大意で捕捉しながらイサオは勝手に納得する。
「あー、それとね。顔が良くない」
「わかる」
丸顔で純日本人と言った顔立ちの皇太子殿下は、アタシたちの想像する王子様とはかけ離れていた。
「ぷっ、なんだよ、結局顔かよ」
苦笑するトモクニに、まあそういうことになるのかな、とスズちゃんは笑っている。
結婚相手の妃殿下はすごく綺麗な人だったし、その真っ白で高級そうなフリルのついたドレスやレースの長い手袋、頭を支えるのが大変そうなほど大きく重そうなティアラ、それらを見ればプリンセス――お姫様――であるとアタシは納得するしかなかったのだけれど。
音楽隊の無数のラッパと、招待客に送られながら、祝福を受けるパレードの主役の二人。
正直憧れる。うらやましい。
「つまり、その、2人の言っていることをまとめると」
眉間にしわを寄せながら、イサオが切り出す
「だれもがみとめる顔の良い男で、お姫様として自分をえらんでくれるやつ、それが王子様ってこと?」
アタシの認識では大体合っている。
世間一般のそれとも齟齬はそんなにないと思う。
「顔はそこまで良くなくてもいいと思うよ。雰囲気さえよければ」
「あーうん、ガキっぽい男子とかは嫌」
スズちゃんのいう「そこまで良くなくても」の合格ラインがどこにあるのかは不明だが、顔だけで決まるものでないのは確かである。
「たとえば誰よ? えらんでくれたら、そいつが王子でいい、みたいなやつって」
話題が話題だけに、イサオの声のボリュームもトーンも低い。
スズちゃんは少し考え込むと
「……うーん、アキくん、とか」
と一段と小さな、消え入りそうな声で、背の高いクラスメイトの名前をあげた。
その横顔は死ぬほどかわいい。
アタシが王子様なら今すぐこの娘をお姫様に選ぶ。
王子様が迎えに来るのはきっとこんな娘だろう。
「え、好きなの?」
「声デカい。いっぱんてきな、たとえばの話でしょ。人気あるよ、アイツ」
トモクニの無粋な質問をアタシは慌てて打ち消す。
違うとは思うけれど、万が一本当ならめんどくさい。
「だいたいね。すぐ、好きとか言い出す、くーちゃんみたいなクソガキは、一生王子様にはなれないよ」
釘をさすことも忘れずに。
「くーちゃんって言うなって言ってるだろ。でも、そっかあ、あんな感じのやつかあ。」
良い奴だし頼りになるしなあ、とトモクニはまとめる。
じゃあさ、じゃあさ、とイサオが続ける。
「オレはどう?」
「イサオくんの顔だと、王子様はちょっと無理そうかな……」
「そうね。戦士とか兵士……もちょっと。……盗賊とかなら」
「盗賊かよ」
「かっこいいじゃん? 私、盗賊好きだよ」
スズちゃんのフォローに、そうかなあ、と照れるイサオ。
アタシは盗賊でも良いと思う。そこに役割があるということだから。
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第5話/99話 「王子様 それは遠く」 終




