第4話/99話 「不在 自身の」
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アタシは人のうわさ話が嫌いだ。
家族が他人のうわさ話をするときはたいてい悪口だ。
パパが仕事の愚痴をこぼすときは、大体同僚や職場の人の悪いところで、頻度も高い。
仕事そのものではなく、他人の悪いところを言う。
帰宅も遅いし、大変なんだろうなとは思うけれど。
ママはほとんど仕事の愚痴を言わない。ただ、何か月かに1回、ものすごく機嫌の悪い時があって、その時は同僚の悪口を言っている。日頃、愚痴を言うパパも、その時ばかりは聞き役に回ってなだめている。
ママもアタシたちを育てるために毎日職場から急いで帰宅するから、残業をしている同僚には良く思われていないのかもしれない。想像するしかないけれど。
いつも大量に仕事を持ち帰ってきて、家事の後にしているのを見ると、本当に大変そうだ。
祖母は言うまでもない。
我が家で唯一働いていない祖母は、しょっちゅう友達や宗教の知り合いのところへ出かけるし、家に人を招くこともよくある。
出歩いてきた祖母は大体他人の悪口を言っている。その日会ってきた人の。
家に客が来た後の祖母も大体他人の悪口を言っている。その日やってきた客の。
会っているときはとても楽しそうに話しているのに、帰ったとたんに悪口が始まるのだから理解できない。そんなに嫌いなら会わなければいいのに。
よく聞く悪口の相手は須藤さんという人だ。会う頻度が高いから。
他人を褒めるときも必ず欠点を言わないと気が済まない。「〇〇さんはいつも上品な服でセンスが良いわね。あれで化粧が濃くなければねえ」という具合に。
あまり口数の多くない祖父だけは他人の悪口を言わない。
そんな家族に囲まれて育った私は、他人のうわさ話が嫌いだ。
本人のいないところでの話はたいてい陰口だ。
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5月18日(火)
先週の一瞬の陽気もどこへやら。
曇って肌寒く、湿気で重い空気の中、学校から帰宅するとママがいた。
「ママ、どうしたの。ずいぶん早いね」
「どうしたのって、今日は家庭訪問の日じゃないの」
忘れていた。年に1回、担任の教師が各家庭の様子を見に回る。先週から始まったそれは、クラスメイトの中でも時々話題になっていた。
担任の長尾先生は結構はっきり物を言う方らしく、男子も女子も、親にチクリと叱られた子は多そうだった。
同じ班のトモクニは「体育は頑張るんだけど、もう少し勉強も頑張れ」って言われた、と嘆いていたし、イサオは「明るいのは良いんだけど、もう少し落ち着きが欲しい」だってさ、とこぼしていた。
スズちゃんは「私は何も言われなかったみたい」と言っていた。確かに、あの美少女は、あまり欠点が見当たらないような子だとアタシも思う。さすがである。
「私が用意しておくから、シオリは部屋を整理してきなさい。生徒の部屋も見るって話だったわよ」
居間の長机を台拭きで拭きながらママが言うので、アタシは自分の部屋を片付けに2階へ上がる。
と言っても、シュンと共用の子供部屋はきれいなものである。
アタシの使用する、父から譲り受けた年代物の木製机の上は、勉強の参考書、問題集やノートが何冊か本棚においてあるだけだし、真新しいシュンの子供用学習机も同様だ。
学校から帰った後、どこかへ行ったらしいシュンのランドセルが床に落ちているが、まあ許容範囲だろう。
本棚の少年漫画は巻数順に整理されている。しいて問題と言えば、他の子の家にあるような、かわいらしい白地に赤の文字でタイトルが書いてあるような少女漫画がないことくらいだ。
りぼんでも、ちゃおでも、なかよしでも、なんなら花とゆめとかマーガレットでも、要はなんでも良いのだが………。
アタシが漫画を読むのを両親は快く思っていない。活字は大体なんでも買ってくれるけど。
アタシは「2人で読むから」とシュンと一緒に、少年漫画をせびるのがせいぜいである。
両親はシュンに甘い。シュンが欲しいと言えば大体通る。なので、共用の本棚には意外とかなりの冊数の少年漫画がある。
同級生と話が合わないし、アタシも他の子のように少女漫画を買って欲しい。
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外も暗くなりかけた頃、スーツ姿の長尾先生がやってきた。
どうやら、我が家が本日の最終らしい。
上下揃いのグレーのスーツ姿は、いかにも神経質そうにアタシの目に映った。
「こんにちは。こちら初鳥さんのお宅で間違いないですか」
「ええ、間違いありません。慣れないところお疲れ様です。どうぞおあがりください」
ママの隣にアタシがいるんだから、間違えようもないと思うのだが、ママと先生は丁寧な挨拶をする。
一通り、先生が家の中――共用スペースとアタシたちの部屋を――見て回った。
といっても我が家は、祖父母の寝室以外はほぼ共用スペースだが。
正直言ってアタシは祖母を他人に見せたくないので、家にいない日だったのは少しほっとした。
先生はアタシとシュンの本棚を見て「漫画本ばかりすごい数ね。でも活字の本も読まなければダメよ。漫画ばかりでは馬鹿になるわ」と言った。
アタシは何と言っていいかわからず、えへへ、と愛想笑いを返した。
家の中を案内した後、先生とママは居間で長机をはさんで向かい合わせに座った。
机の上には、ケチな我が家には珍しく、ルマンドやらの甘ったるいお菓子がいくつかとお茶が並んでいる。
「あなたはいなくてもいいのよ」とママが言ったが、どうせアタシの話をするので聞く権利はあるはずだ。
アタシは自分のいないところで自分の話をされるのが嫌いだ。
「ん。隣で聞く」と言ってアタシもママの隣に座る。
先生は主にアタシの家での話を訊いていく。
ママがそれに答えていくが「素直な良い子で」、「あまり我儘を言わず、何かしたいとか欲しいとか言ったりしない」、「家の手伝いをよくしてくれる」とか「弟の面倒をよくみてくれる」とか、ずいぶんとアタシを美化しているような気がする。
アタシは別に素直でもないし、シュンのことが嫌いだし、うっとおしいとも思っている。手伝いだってそこまでしているとは思えない。それがママにかかれば、まるで優等生の出来上がりだ。
なんだかくすぐったくなるアタシをよそに、話題はアタシの学校での話に移る。
「先生、シオリは学校でどうでしょうか。友達と仲良くやれていますか」
「……そうですね。……聞いていた印象とは違いますが、頑張っていると思います。素直で真面目なのは良いですが、もう少し積極性が出てくるといいですね」
先生は少し考える様子を見せてからそう答えた。
3年生の時の先生は長尾先生ではなく、柳先生という男の先生だった。
聞いていた印象というのは引き継ぎかなにかの話だろう。
「そうなんですか。私も前の柳先生から『元気だけどガサツだ』とか『男の子を泣かせた』とかそんな話ばかり聞いていたので、元気が有り余っている物かと。積極性はあるものだと思っていました。」
「本人の前であまり話していいのかはわかりませんが、4年生にもなると、恥じらいが出てきたり、早い子だと思春期に入ったり、変化もある時期です。そこまで気にしなくても良いと思います」
アタシは変わった気はしないが、大人から見るとそんな風に見えるらしい。
「積極性だって。頑張りなさいよ」
ママはアタシを小突きながら言う。はいはい、と適当に返す。
「総じてみると、問題がある子ではないです。このまま真っ直ぐ成長して頑張ってくれればと思います。」
長尾先生はそんな風に締めて帰っていった。
あまり悪い話をされなかったが、アタシがいたからなのか、いなければもっと別な話をしたのかはわからない。
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「あっ、なにそれ」
長尾先生がほとんど手を付けなかったお菓子をまるまるせしめ、夕食後に机に隠そうとしていたアタシはシュンに見つかった。
「家庭訪問の余ったやつよ。今日はアタシの先生が来たんだから、アタシの」
「え~……、ねえちゃんばっかりずるい」
「ずるくないよ。あんただって、先生の家庭訪問の時、家にいればいいじゃない」
「1ねんせいは、にゅうがくまえにおわってるから、ないんだって。ねえ、ぼくにもちょうだい」
「まあ……それなら仕方ないな。偉大なる姉に感謝せよ」
仰々しい口調で半分ほどくれてやる。
「やったあ、へへ……、ねえちゃん、だいすき」
シュンはつくづく調子がいい。
「それに、ぼくがすこしたべてあげないと、ねえちゃんふとっちゃうし。ダイエットとかするんでしょ、おんなのこは」
「まあ、年頃になったらね」
嘘だ。体重を気にする同級生が何人もいるのを、アタシは知っている。
「ねえちゃんはせもひくいし、もっとたべないといけないか」
「うるさいな。あんたこそ、クラスで相当チビなほうでしょ。どうすんのよ、身長低い女の子が好きな男子はいても、逆はいないんだからね」
「じゃあ、ぼくもっとたべなきゃ。そっちのおかしもちょうだい」
「……調子に乗るな」
ああいえばこういう。シュンには勝てない。
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第4話/99話 「不在 自身の」 終




