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第2話/99話 「怒り あらわせない」②

 〇


 ()びた古い鉄性の4本の脚に、緑に塗られた木製の合板。

 6人が座るにはちょうど良い大きさのテーブルに並んだ夕食。

 白いご飯に、魚、野菜に味噌汁。今日はアタシとシュン、ママと祖母の分。祖父とパパはまだ職場から帰宅していない。

 ママは朝から夕方まで働いているにも関わらず、毎日きちんと食事を用意してくれる。

 職場が家から車で15分くらいの場所で「近いから」と本人が言っていても、サボらず毎食準備してくれるのは尊敬する。

 アタシが大人になっても多分こんなことはできない。

 

「ママ、きょうはぼく、ごはんいらないから」

 

「えっ、どうして?」

 

 立ったままのシュンの突然の発言に、きょとんとするママと祖母。

 アタシはああ、そういうことかとようやく気が付いた。

 

「ねえちゃんに、おかしかってもらって、それたべたからいらない。ばあちゃんは、ねえちゃんに300えんあげて。ばあちゃんがわるいんだから」

 

「なんで私が」

 

「ばあちゃんがいないから、うちにはいれなくて、こまってたら、ねえちゃんがおみせで、おかしをかってくれたの。だからばあちゃんがねえちゃんに、おかねあげて」

 

 

 まあ、そういうことになってはいる。

「ちょっと待ちなさい。シオリ、本当なの?」

 

「うん。まあ」

 

 母の質問を肯定(こうてい)で返す。話を合わせろと言われている以上、乗ってみせるだけだ。

 正直者のアタシにとっては、罪悪感(ざいあくかん)はあるけれど。

 アタシは学校に金を持っていきはしないから、アタシが買うなんてあり得ないのだが、ママはシュンの剣幕(けんまく)に気を取られて気づかないようだ。

 

「さっさとおかねあげて。うちにいないばあちゃんがわるいんだから」

 

 シュンの語気はやたら(あら)く、顔を見なくても怒っているのが伝わる。

 

「お金は私がお姉ちゃんにあげるから、ご飯は食べなさい。お菓子だけじゃ足りないでしょ」

 

「いらない。たべたくない」

 

 ママが説得(せっとく)をしてもシュンは全く引く様子がなく、そのまま続ける。

 

「だいたい、ばあちゃんがいえにいるから、ぼくたちに、かぎをもたせてないんじゃん。いないなら、かぎ、もたせてよ」

 

「いつもは私、家にいるじゃないの」

 

「いないよ、アタシが何回家に入れなかったと思ってるの」

 

 怒りっぱなしのシュンに祖母が反論するので、アタシもつい口をはさむ。

 

 祖母はもごもごと口の中で反論らしきものをしている。

 が、どうせまともな理屈ではないだろうから、返事をする必要はないし、聞く必要もない。

 経験からアタシはそう思う。

 

「わかったから。お金はお姉ちゃんに返しておくし、(かぎ)のことはパパと相談するから、ご飯は食べなさい」

 

「なんでばあちゃんがださないの。……まあしょうがないから、ごはんはたべてやる」

 

 溜息(ためいき)まじりのママの提案に、渋々(しぶしぶ)という形でシュンが椅子に座る。

 非常に尊大(そんだい)な言葉と態度だが、まあ言いたいことは分かる。

 

 空気は最悪だが、そもそも今日アタシたちを閉め出した祖母がテーブルにいる時点で、アタシの気分は最悪なのだ。

 1日閉め出されると、過去何度も閉め出された記憶(きおく)もよみがえってくるため、(うら)みが()もり(かさ)なっていく。

 多少でもこの気分を味わえば良い。いい気味である。


 アタシは祖母が嫌いだ。

 祖母が同じテーブルにいる食事の時間が嫌いだ。

 祖母が何かアタシたちにしても、誰にも反省させられないまま居座(いすわ)るこの家が嫌いだ。


 〇


「はい、300円」

 

 2つ並んだ机の片方で宿題(しゅくだい)をしていると、シュンが来たので、アタシはママにもらったお金を渡す。

 

「え、ぼくは100えんでいいよ、ねえちゃんが200えんもらってよ」

 

「いらない。ウソついてもらったお金なんてほしくない」

 

「あんなの、うそっていわないよ」

 

「じゃあ、ズル?」

 

「うそかもしれないけど、うそをつかせたのは、ぼくたちに、かぎをもたせてないママたちだから、ズルじゃない」

 

「でも、アタシはいらない」

 

「ふうん。じゃあ、ぼくがもっておくよ」

 

 シュンはそう言って、自分の机の引き出しに硬貨を入れる。

 

「あと、名札のうらっていうか、学校にお金持っていくの良くないんじゃないの。勉強に関係ないものだし」

 

「でも、きょうは、あってよかったでしょ。へいきだよ。バレないように、なふだのうらなんだし」

 

「決まりは守らないと、いつか悪いことになるよ」

 

「だいじょうぶだよ。この200えんだって、ねえちゃんにもっててほしいし、つぎはほんとうにおかしおごってよ」

 

「知らない」

 

 シュンの言うことも一理あるとは思うのだが、アタシはどうしても同じことをする気にはなれなかった。


 〇


 二段ベッドの上の段。布団の中でアタシは考える。

 今日はシュンのおかげで助かったのは事実だ。

 シュンは3つも下なのに、アタシより多分ずっと(かしこ)い。

 アタシは勉強はできるし、テストの点数だって悪くはない。

 けれど、柔軟(じゅうなん)に物を考えられないし、ただ答えの決まったものを覚えて、ただそれだけだ。

 暗い夜の中、アタシの頭の中も(くらい)い。

 

 規則(きそく)や決まりを理由に、行動を変えることができない。

 理屈をつけても結局は、既存(きそん)の決まった物にすがって、ただそれだけだ。

 

 今日だって、帰ってきたアタシは玄関前にいたシュンに何もしてやれなかった。

 シュンがただ、自分で持っていた金で好きなものを買い、アタシとわけて、その金を親から取り返した。

 本当にただそれだけだ。

 

 シュンは怒るのも上手い。

 今日、もし仮に、――本当に仮にだが――アタシがお金を持っていて、それを出していたとしても、夕食のテーブルで取り返すなんてできただろうか。

 多分無理だ。アタシは怒り方がよくわからない。

 

 3月まで一番仲の良かった、転校してしまったサトミも、「シオリちゃんは(おこ)らないね。怒りそうなときはすねるだけで、あきらめちゃう」なんて言っていた。

 サトミもアタシより頭の良い子だったし、もしかすると「すねてるだけじゃダメだよ」と言わないだけだったのかも知れないけど。

 「(かま)って欲しいと思うなら、すねるだけじゃなくて、ちゃんと怒らないと」と。

 まあ、言われた時はそんなこと思いもしなかったけれど……。

 シュンは怒り方のアピールをどこで覚えたのだろうか。

 まあ実際怒っているのだから、アピールと呼ぶのもおかしいか。

 持たせてもらえない鍵のことまでママに考えさせるなんて本当にうまい。


 シュンはおそらく、アタシのことを、頭の固い愚鈍(ぐどん)で馬鹿な奴と思っているだろう。

 外では良い子にして、家族の前で貯めたストレスを発散(はっさん)するような、卑小(ひしょう)なところだってシュンにはあるくせに、アタシと一緒だといつもニコニコ笑顔でいる。

 馬鹿にしているのか、アタシの機嫌(きげん)を取っているつもりなのか。

 出来の良い弟の考えなんかわからない。

 産まれた順が逆ならよかったのにな。


 アタシはシュンも(きら)いだ。

 

 〇


 第2話/99話 「怒り あらわせない」 終

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