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第17話/99話 「階段 百段の」②

 〇

 

「そういえばさ、なんでアタシ誘ったの?」

 

 玄関で長靴を履きながら聞く。

 アキの家の玄関は、座るところがない。長靴を履くのに少し手間取る。

 

「うーん……。シオリならマンガに詳しいって友達に聞いたよ」

 

「そう? 詳しいってわけじゃないけど」

 

 うちにある漫画はほとんどシュンの趣味だ。まあ、アタシが買わせたのもあるけど。

 

「頭がいいから、面白さをうまく説明してくれるかもしれないって」

 

「なにそれ。できないよ、そんなの」

 

 誰だよ、そんなこと言ったやつ。

 頭は良くないし、無責任なやつがいたもんだ。

 

「実は、僕も先生の貸してくれるやつ、よくわからないんだよね。映画だったり、アニメだったりするんだけど、面白いけど難しいのも多くて。先生に、どうだったって聞かれると困っちゃう」

 

「ふぅん。怒られるの?」

 

「先生は怒ったりしないよ。でも、面白いっていうだけじゃなく、他の言葉でも説明したら、先生喜ぶんじゃないかなって。シオリ、フルートやってるし、BGMの良さもわかるかなって」

 

「ふぅん……」

 

 残念ながら力になれそうもない。

 今日のアニメは面白かったけど、うまく説明できそうもなかった。

 アタシのフルートは素人だし、曲だって知らない。

 大体、言葉なら、日ごろから教室で友達に囲まれているアキの方が、アタシよりよほど得意なはずだ。

 

「じゃあね、また明日。……って、出かけるの?」

 

 別れを言ったアタシの前で、アキは長靴を履きだす。

 外は雨なのだが、急ぎの用事でもあるのか。

 

「送ってくよ」

 

「は? そんなことしたら百段階段上って、また下りることになるじゃん」

 

「こんな雨の中、小さい女の子一人で帰したら、先生にがっかりされる」

 

「小さい女の子って……、同い年でしょうが」

 

 まあ背は低いけど。

 バカにされているみたいで、イラっとする。

 あんただってガキだろうが。

 まあ背は高いけど。コイツの背は多分クラスで1番高い。

 

「いいからいいから」

 

 アキはそう言って傘を手に持つと、出るようにアタシを促した。


 〇

 

「アキ、今日は、練習しないの?」

 

 階段を登りながらアタシは(たず)ねる。

 石でできた階段は急で、呼吸が乱れる。

 登り終えてから聞けばよかったかな、と、ちらと思う。

 

「今日はそうだね。まあリング押すでも、マウスピース鳴らすだけでも練習になるから。ガマンガマン」

 

「へえ。マウスピースってあれだけで鳴るんだ」

 

「音も変わるよ。今度やってみせようか」

 

「ん。練習場所、大変だよね」

 

 フルートならともかく、住宅街でトランペットはまず無理だろう。

 今日見たアキの家は、本人のイメージと違い集合住宅だった。壁も厚そうには見えない。

 

「雨じゃなければ、散居(さんきょ)の方行くから大丈夫なんだけど、こう多いとなあ」

 

散居(さんきょ)の方?」

 

 散居(さんきょ)というのは、桜山から北東の方角にあり、新しく開発が進んでいる地域だった。

 最近、小学校も出来たと聞く。

 

「うん。大きなため池があってね。自転車で10分くらいだし、近くは昼しかやってない病院だけだから、暗くなってから吹いてても、あんまり迷惑にならないんだ。監視塔のそばに、雨しのげる大きな橋もあるから、多少降っても大丈夫なんだよ」

 

「暗くなってからって、……夜行ったら、家の人心配するでしょ? お母さん……はパートか。お父さんとか」

 

「うち、お父さんいないから」

 

「あ、そうなんだ」

 

 離婚率(りこんりつ)の低い時代ではあったが、桜山団地で、片親家庭は珍しくない。死別にせよ、離婚にせよ。

 桜山には大勢の母子家庭が住居の支援を受けて暮らす母子寮もある。そういう町なのだ。

 片親の理由は、聞いてもいいことが無いから聞かないが。

 

「お父さんがいた頃は、一軒家に引っ越そうって話もあったんだけどね。……僕のトランペットのために、防音の部屋を用意して、みたいなさ……」

 

 雨の中で少し暗く、登ってきたために呼吸も少し苦しい。

 声色(こわいろ)(さび)しそうに聞こえなくもないが、アキの顔、表情は見られなかった。

 

「あ~~……。いつでも練習できる部屋欲しいよねえ」

 

「それ、それ」

 

 正直、最近は勉強よりもフルートが面白くなってきたところだった。

 アタシだって、夜寝るまでずっと吹いていたいが、そんな環境はない。 


 〇

 

「ここでいいよ。わざわざ送ってくれてありがとう」

 

 階段を登り切って、一息ついたところでアタシは言う。

 正直、送ってくれなくても良かったのだが、なんとなくアキの思いやりは感じた。

 こういうところが、女子に人気の要因なのかもしれない。

 

「そう? じゃあ、また明日。気をつけてね」

 

「ん。そっちこそ。気をつけてね」

 

 アキは笑顔で片手をあげると、こちらを何度も振り返り、振り返り、帰っていった。

 そんなに振り返ると階段を転げ落ちるぞ、と思ったが、その姿が視界から消えるまで、落ちた様子はなかった。

 

 雨の中、アタシは今日見たアキの裕福(ゆうふく)とは言えない家と、県営住宅をはじめとする集合住宅の子特有の垣間見(かいまみ)える(かげ)が、普段のアキからは感じられないのが全く結びつかず、少しの不思議を感じながら家に帰った。

 どうして彼は、ああも陽の気だけで生きられるのだろうか、と考えながら。


 〇


 第17話/99話 「階段 百段の」 終


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