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第16話/99話 「密会 曲になる」②

 〇

 

 何度か吹いて演奏が止まったタイミング。

 コンコンと音がする。視界のすみっこに明るい色が入る。

 体操服姿のヨリコちゃんが、スタジオの扉を開けて、顔をのぞかせていた。

 桜山小学校の体操服は上下ともライムグリーンとイエローの明るい色なので、かなり目立つ。

 

「こんちは。練習させてもらってます」

 

 アキはいつも礼儀正しい。

 

「アキくんが吹いてるのかと思ったら、シオリちゃんもいたんだ。フルート、吹けたんだね」

 

「ん。アキに楽譜渡されたから練習したの」

 

 夏休みはこればっかりだった。

 ママみたいな音は中々出ないけれど、教則本や教科書の曲を吹いているだけでも、どんどん吹けるようになるのは楽しかった。

 

「そうなんだ。何か聴かせてよ」

 

「ん。じゃあ、アキ、何か吹いて」


 そう答えたアタシに、ヨリコちゃんは、ハテナマークを浮かべた顔になる。

  

「シオリちゃん、一緒に吹いてたでしょ? 二人で吹いて聴かせてよ」

 

 えっ、……アタシも吹くの? 

 今日はアキと合わせて、それで終わりだと思っていた。まさか吹いて聞かせろと言われるとは思っておらず、準備はしていない。

 ああ、そうか。思うままに、アタシは提案する。

 

「今の曲でいいの?」

 

「いいんじゃない?」

 

 アキも乗ってくる。まあこいつが一緒ならなんとか聞かせられるか。

 

「じゃあ……、最初の、トトロから」

 

 フルートを構え、アキに、お願い、と目をやる。

 アキは、(うなず)くと、ふぃ、と自然に、小さな音で吹き始め、アタシに入るところの合図をくれる。

 (うなが)されるままにアキの作った流れに入るフルートは、アタシの音を奏でていく。

 聞かせるために練習したのではないけれど、それでも練習通りに吹けている気がした。

 

 ヨリコちゃんは、ほうほう、と聞いている。

 曲が終わっても、他のも出来る?、と聞かれるので、言われるがままに2曲目、3曲目も吹いた。

 ヨリコちゃんはどれも目をキラキラさせて聞いてくれた。

 

「すごいね。シオリちゃん。こんなに出来るなら、もっと早く聞かせてもらいたかった」

 

 ヨリコちゃんはそんな風に言う。

 聞かせられるわけがない。アタシがフルートに初めて触ったのは2ヶ月前だ。

 

「えへへ」

 

 あいまいに笑う。なんて答えればいいのかはよくわからなかった。

 

「あ、そろそろ帰りの放送入れるから、いったん終わりにして。時間だから来たところだったんだ」

「あ、はぁい」

 

 いつの間にか時間がずいぶん経ってしまっていたらしい。

 雑巾を拾って、スタジオを出る。アキが、雑巾こっちにまとめるからちょうだい、と言ってくる。その言葉すらなんだかうれしく感じるくらい、温かく、輝いた時間だった。


 〇


 下校の放送を入れて荷物をまとめる。

 フルートの手入れ……は、帰ってからでいいか。

 速やかに帰れ、と放送を自分で入れておいて、モタモタするわけにもいかない。

 

「ヨリコちゃん、荷物は?」

 

「教室においてあるから、鍵返したら取りに行くわ」

 

「そっか」

 

 そういえば、なんで体操服なんだろう。

 聞こうとした矢先(やさき)に、アキが言う。

 

「でもよかった。今日は金曜だし。音楽室使えないから練習場所に困る日なんだよね」

 

「そうなの? 合唱は終わったんでしょ」

 

 5年生が合唱で音楽室を使っているから、こいつは放送室で練習する。そんな話だったはずだ。

 夏休み前で合唱は終わっただろうから、今、放課後の音楽室は空いているはずだ。

 

「5年生と6年生は金曜日にクラブ活動っていうのがあって、金曜は楽器クラブが音楽室を使ってるの」

 

 ヨリコちゃんが説明してくれる。

 上級生が放送室に来るのが遅いのは金曜が多かっただろうか。

 あまり金曜日に委員で残ることがないから、知らなかった。

 

「へえ。知らなかった。楽器クラブって何するの」

 

「そのまま。楽器の演奏をしてるはずだよ。人数はあんまりいないみたいだけど」

 

「楽器やってるなら混ぜてもらえばいいじゃない。アキ、上手いんだから」

 

 アタシのような素人より、その方がアキには楽しいのではないだろうか。

 

「うーん、楽器の世界ってめんどくさくて、『少し違う』だけでお互い気をつかうんだよね。なんていうか……『そこにいる理由』がある人だけ、そこにいるんだよ。4年生が、上級生に混ぜてもらうのはちょっと難しいよ」

 

「そうなんだ?」

 

 アタシはママに「同じ楽器の人と合わせるのも楽しいけど、違う楽器の人と合わせるのはもっと楽しい」と教わった。

 我が家にはフルートは1本しかないから、合奏は出来なかったけど、現に今日はママの言った通りだった。

 違うのが楽しいはずなのに、もっと上手な人の世界は別なのだろうか。

 

「4年生でも、上手ければいいんじゃないの?」

 

 単純に疑問を口に出してみる。

 毎日吹いているアキは多分、上級生よりも上手いのではないだろうか。

 

「うーん、上手くても下手でも、合わないと結局どっちもなんかダメなんだよ。僕の先生も『その人たちだけでやりたい人のところに混ざるのはやめなさい』って言ってたし。5年生になったら入ろうかなとは思うけど」

 

「ふぅん」

 

「アキくんは、……なんていうか、考え方が大人だねえ」

 

「そうですか……」

 

 ヨリコちゃんがアキを()める言い方は、なんだか少しイラッとした。アタシが大人ではないと言われているようで。

 別にアキは考え方が大人なのではなくて、楽器のことをアタシより少し知っているだけではないか。少しの反発(はんぱつ)がわいてくる。

 

「でも、音楽室使えない日は、また放送室使えばいいじゃない。さっきシオリちゃんと一緒に吹いてるところなんか、ドラマのワンシーンみたいだったわよ。本当に絵になってた」

 

 そうかなあ。

 アキはともかく、アタシがフルートを持っていても絵にはならないだろう。

 それに。

 

「もしまた一緒に吹くとしても、あんまり他人に見られたくない。恥ずかしいし」

 

 恥ずかしいというより、クラスでカースト上位の男子と一緒に何かしているのを、あまり見られたくないだけだ。アタシが何も思っていなくても、妙なやっかみを受けたりする。

 男女が絡む上下関係はそれだけ難しい。

 ヨリコちゃんはきょとんとした顔でこう言った。

 

「さっき、見せてくれたのに?」

 

「まあ、ヨリコちゃんならいいけど……」

 

 一番仲が良いヨリコちゃんと一緒の当番の日だから、今日を選んだのもあるし。

 ただ、ヨリコちゃんは、美人だし、着ている服もアタシみたいなおさがりではなさそうな、ちゃんとしたやつだ。クラスでも上位の、うちのクラスで言うならユミと同じような階層だろう。あまり()り合いが取れないであろう男女の、下の方にいる人間のめんどくささには、気が回らないのかもしれない。

 

「あ、じゃあ、シオリちゃんが私と一緒の当番の日に、アキくん来たらいいわよ。私もなるべく金曜日入るように、他の子と代わったりしてあげる。当番表組むのだって、先生と6年生で話し合ったりするんだから」

 

「はい、わかりました」

 

「金曜じゃなくても来ていいのよ?」

 

「あ、じゃあそうさせてもらいます。……正直、少し水分とか気をつかうけど、音楽室より音が響かなくて、放送室の方が練習しやすいこともあるんです」

 

 なんだか、話がどんどん進んでいる。

 え、アキが来た日は、アタシ、絶対一緒に吹くってこと?

 それはなんか嫌だな。

 

「……アタシ、自分で練習したい日もあるし、合わせたい日、来て欲しい日は呼ぶから」

 

 そんなつもりはないのに、つい口から出てしまった。

 こう言ったら、自分一人、放送室で練習する予定があるみたいじゃないか。

 正直、1回合奏したら、その後は全く考えていなかったのに。

 

「だってさ。アキくん、またきてね」

 

「わかった。シオリ、楽しみにしてる。また新しい曲渡すから」

 

 なんだか、二人の思惑(おもわく)通りになっている気がする。

 まあ、今日は楽しかったからいいか。

 練習した曲を用意すれば、今日のような気持ちを味わえることが分かったから。


 〇


 帰り道、アキはアタシに(たず)ねる。

 

「新しい楽譜、先生に用意してもらうからさ。何かリクエストある?」

 

 背が高いアキの一歩はデカいけれど、一緒に歩いていて、着いていくのに苦労はしない。多分、合わせてくれているんだと思う。

 

「ん~~……。特には。あ~~……何か、ディズニーの曲入れて」

 

 クネクネしたオーバーアクションな米国産アニメ会社の名前をあげてみる。

 

「へえ、ディズニー好きなの?」

 

「いや、全然。映画は嫌い。でも曲はいいの多いって聞いたから」

 

 ド田舎の親戚(しんせき)の目白家は、朝から晩までずっとビデオテープでそれらのアニメを流していた。アタシが曲をいくつか吹けるようになって、いつか恥ずかしくなく人に聞かせられるレベルになれば、従姉妹(いとこ)のモユやマサアキ叔父さんにも聞かせられるかもしれない。知らない曲より知っている曲の方が喜んでくれるはずだ。

 気持ち悪い動きのアニメは生理的(せいりてき)に受け付けないが、曲だけなら好きになれそうだった。

 一緒に川で魚を取るのは、モユみたいには上手にいかなかったけれど、フルートを練習すれば、いいところを見せられるかもしれない。

 まあ、魚を取るのだって、来年はうまくやれるかもしれないし。

 

「じゃあ、ディズニーとか書いてもらうよ。楽しみだなあ」

 

「あんまり難しいのはやめて。アタシ初心者なんだから」

 

 ……ん? 

 なんか今、アキは妙なことを言っていなかったか。

 

「……書いてもらうって、楽譜ってお店で買うんじゃないの?」

 

 街中や駅前の、CDやカセットテープを売っているビルの一角に、楽譜を売っているような場所があるとは聞いた。

 

「僕の楽譜は、全部、先生が書いてくれたやつだよ。コンクールのやつは決まった楽譜に音とか記号足してアレンジするだけだから、少しちがうけど」

 

「先生って、トランペットの先生だよね? 曲とか作れるの?」

 

「音楽の勉強ちゃんとすると、編曲(へんきょく)作曲(さっきょく)も出来るんだって」

 

「へえ~……」

 

 トランペットの先生って、楽譜を読んでラッパを吹くだけだと思っていた。

 すごいな。

 ちゃんと勉強した先にある仕事なんだ。そりゃそうか。

 

「アキの先生ってどんな人?」

 

 ふと、疑問に思って、あいまいな質問をしてしまう。

 少し答えづらいかもしれない。

 

「どんなって……。うーん……」

 

 アキは少し考え込む。しまった。

 

「……音楽の神様、みたいな人だよ」

 

 すこし、考えこんだアキは、はにかんだような笑顔でそう言った。

 普段の落ち着いた、大人びた、何を考えているのかわからない笑顔ではない。

 

「ソビエトの音楽アカデミー出てて……、トランペットすごくうまいし、他の楽器もやれるし、曲も作れる。なんでも、音楽のことじゃなくても、なんでも教えてくれるんだ」

 

 早口にしゃべるアキの顔は、その人――先生が、本当に好きで、尊敬しているのが伝わってくる、そんな少年の笑顔だった。

 

「ふうん。ソ連? すごい人なんだ?」

 

「うん。音楽は共産主義(きょうさんしゅぎ)が一番だって先生は言ってた。西側には絶対負けないんだって」

 

 なるほど。

 音楽を勉強できるのは、日本だけじゃないもんな。

 

「あ、そうだ。先生、アニメも見るんだよ。アニメ好きでしょ?」

 

「ディズニーは嫌い」

 

 さっきも言ったけど。

 

「日本のやつだよ」

 

「じゃあ、多分好き。今年になってからアニメ見てないけど」

 

 嫌いなのもある。グロいやつとか。

 シュンはグロいのに限って見たがる。アイツはアニメの趣味も悪い。

 

「先生から時々ビデオ借りて、っていうか見るように言われて、貸し出されてさ。よかったら、うちで今度一緒に見ない?」

 

「わかるやつならいいよ」

 

「多分わかるよ、やることいっぱいだな。楽しみだなあ」

 

 こいつ、本当に楽しそうだな。

 楽しそうなのは、音楽の話をしているからか、それともその『先生』の話をしているからなのか、アタシにはわからなかった。

 

「あ~……、そういえば」

 

「なになに?」

 

 どこまでも楽しそうにアキは返す。

 

「……いや、やっぱりなんでもない」

 

「なんだよ、言ってよ」

 

「なんでもないってば」


 今日がアタシの誕生日だと言うのはやめておいた。

 合奏は本当に楽しかったし、先生の話をするアキは、少しはしゃいでいた。

 楽しそうなクラスの1軍カースト上位男子に、今日一緒に合奏した、今後も合奏に付き合うであろう目の前にいる子が、誕生日にパーティーもしない(さび)しい家の子だと思わせて微妙な気分にさせたくなかった。


 さあ帰ろう。晩御飯は、今朝ママの言っていたアカウオだ!


 〇


 第16話/99話 「密会 曲になる」 終

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