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第16話/99話 「密会 曲になる」①

 〇

 

 アタシは誕生日が嫌いだ。

 家で誕生パーティーなんて開いてもらったことが無いから。

 まあ開いても呼びたい友達はほとんどいないし、家を友達に見せたくもない。


 アタシは誕生日が嫌いだ。

 呼んでくれる友達がいないから。

 アニメや漫画に出てくる誕生日は、みんな盛大(せいだい)で、机に食べ物がならんで、ケーキにろうそくを立てて、大勢の友達を呼ぶ。

 数少ない仲が良い友達はみんな貧乏な家の子で、そんなパーティーなんかしたことがない。


 アタシは誕生日が嫌いだ。

 格差(かくさ)実感(じっかん)する日だから。

 誕生日に、良い気分で、良い環境で祝われている人がいて、それを楽しく祝う人がいるというのに、アタシたちはそれではないから。

 存在(そんざい)を知っているのに、自分たちのところにそんなものは無いから。


 アタシは誕生日が嫌いだ。

 アタシは嫉妬深(しっとぶか)いのだ。

 

 〇

    9月2日(木)

「ねえ」 

 

「ん、なに?」

 

 帰りの会の後、椅子に座ったままのアキに声をかけた。

 机に手の平を置き、話があるというジェスチャーを添えて。

 アキはアタシの手を見て、そのままアタシの腕を視線(しせん)でなぞるようにして……、こっちを向いて目が合う。

 いつみても穏やかな顔で、何を考えているのか、つかみづらいやつだ。

 

「アタシ、明日、放課後当番だから。放送委員の」

 

 アタシの声は少し上ずっている。

 

「そうなんだ」

 

「フルート持ってくるから。夏休み前にもらった楽譜、練習したから。合わせよう」

 

 フルート持ってくる、といった瞬間、アキの表情が跳ね上がるように笑顔に変わった。

 そのまま、机に置いたアタシの手に、アキは手を(かぶ)せて、勢いよく立ち上がる。逃がさないとでも言うように。

 

「え~~っ、本当!? 全然話してくれないから、無しになったのかな、と思ってた」

 

 声がデカい。カースト下位の女子が、カースト上位の男子に声をかけているのだ。他の子たちだっていて、喧騒(けんそう)の中とはいえ、少しは気を(つか)え。

 

「そう。その割には、夏休みの間、その話はしなかったよね。てか、叫ばないで」

 

 夏休み。子供会で地区ごとに公園に集まり、朝6時からラジオ体操をする。アキとアタシの家は距離で言えば近いから、子供会も同じだし、顔は何度も見た。

 今年は雨が多かったから中止も多かったけれど、それでも話す機会は、何度もあったはずだ。

 

「ごめんごめん。いや、夏の間は、ずっとガマンしてたんだよ。急かすと悪いかなって」

 

「そ」

 

「ああ、先生にフルート持ってきていいか、許可はとっておいてね。僕も一応、先生にOKって言われてなきゃトランペット持ってこられないんだから」

 

「それはもう取った」

 

 ナメんな。アタシが学校の規則(きそく)を破るわけないだろうが。

 持ち込み許可。

 要するに、学校に授業と関係の無いものを持ってきてはいけない、という規則の例外(れいがい)に当たるか、持ち込むものは先生に()きましょうということ。小説なんかはみんな持ってきているので、まあ許可されているのだろう。

 フルートを持ってきてもいいですか、スタジオで吹くんです、と放送委員の先生に()いたところ、先生は、うーん……と少し考えた。美雲くんのトランペットと合わせるんです、と(つづ)けて言ったところ、「ああ、美雲が一緒なのか。なら大丈夫だろ」と許可が下りた。

 評判が良い奴は使い勝手が良い。

 

「そっか。じゃあ、明日」

 

「今日も練習するの?」

 

「うん。今日は音楽室使えるから」

 

「そ。じゃ」

 

 コイツ、あんなにうまいのに練習サボらないのか。

 アタシも帰ったらやろう。

 

 昇降口を抜けて、歩き出した空は久々の快晴だった。


 〇

    9月3日(金)

 ギイイッ……。重く大きな扉が開く音。

 

「失礼します」

 

「お、きた。今アタシしかいないから、かしこまらなくていいよ」

 

 アタシが放送室で待っていると、アキが来た。

 礼儀正しい挨拶(あいさつ)とともに。

 

「そうなんだ」

 

「うん。あと、6年生のヨリコちゃんも当番で来るはずなんだけど、まだ来てないんだよね」

 

 正直、委員の上級生の中で、1番仲が良いのがヨリコちゃんだったから、今日が良かったのだ。

 ヨリコちゃんなら、アタシが、イメージに合わないフルートを吹いていたりしても、冷やかしたりしなさそうだったから。

 

 二人でスタジオに入り、準備をする。といっても特に何もないけれど。

 

「ん、これ」

 

「あ、ありがと」

 

 アキが雑巾の束を渡してくれたので、床に敷き詰める。

 フルートをやる前は、なぜそんなことをするのだろうと思ってみていたが、やってみるとわかる。管の中に水が溜まるので、捨てるのだ。捨てなくても落ちてくる時があるけど。

 畳の部屋で吹くのはやめなさい、とママに苦言(くげん)(てい)されたのも夏休みの良い思い出だ。

 コルクで出来たスタジオの床は、音楽室の硬い床より水気に気を遣う。

 フルートで音を出してみる。

 いつもより高いような気がするので、管と管の継ぎ目を少し広げてやる。

 もう一度吹く。いつもの音だ。ママみたいには出ないけれど、少しフルートっぽくなってきたアタシの音だ。

 音階を何度か。もう慣れたものだ。

 

 アキもトランペットをカチャカチャやって、ぱふ、と音を出してからこういった。

 

「てか、楽譜は? 持ってきてないの」

 

「覚えてるから大丈夫」

 

 夏休み中、渡されたどの曲も何百回と吹いた。恥はかきたくなかったから。

 暗譜(あんぷ)というらしいが、吹いているうちに覚えるのは特に難しくはなかった。

 大体、自分だって持ってきてないくせに。

 

「そっか。何からやる? 何でもいいよ」

 

「じゃ、トトロ」

 

 手書きで書かれた楽譜の、タイトル部分を伝える。

 有名な映画だけれど、正直言って、ちゃんと見たことは一度もない映画だ。

 昼の放送でも何度も聞いているけど、渡された楽譜は主題歌ではなく、劇中歌(げきちゅうか)だとママは言っていた。「トトロって言われてこっちを連想(れんそう)する人はあんまりいないわよ、確か曲のタイトルも違うし」と。昼の当番をしている子たちなら正式なタイトルを知っているだろう。

 

「OK。じゃあ、入るから、吹き始めて。合わせるから」

 

「ん」

 

 口元にフルートを。いつものように吹き始める。すぐにアキが入ってくる。

 いつもの音量よりもずっと抑えて。アタシの、彼から見れば弱々(よわよわ)しいとすら言える笛の音に合わせるように。

 あ、すごい。吹きながらアタシはそう思った。言葉で思ったのではなく、言葉にすればそうなるであろう想いを感じた。端的(たんてき)に言う。感動した。

 渡された楽譜は、そのままでも曲ではあった。メロディーだからとママが言っていた。でもすごく寂しかった。なぜこんなものを自分は何回も吹いているのだろう、そう疑問(ぎもん)に思うことも何度もあった。やることがないし、渡されたからやっているんだと、なんとなく義務感(ぎむかん)すら感じていたのだけど。

 合わせた瞬間、なんかもう、曲になった。音楽をやっているんだと、実感がわいてきた。音楽が何かは知らないが。

 夏休み中、吹いていて良かった、練習してよかった。そんな風にも思えた。

 一瞬でいろいろ考えてしまい、思わず音が外れる。雑念(ざつねん)は良くなかった。

 いったん中断する。アキも吹くのをやめて、ん、という顔で見てきた。

 

「ごめん、外しちゃった」

 

「いいよ、気にしないで。どうする? 続きからやる?」

 

「最初から」

 

「わかった。音ハズしても気にしないで」

 

 もう一度最初から。

 優しい音でアキが入ってくる。やっぱりすごい。自分がうまくなったような気さえする。

 短いようにも、永遠にも思える時間が流れ、演奏が、曲が終わってしまう。

 もっと長い曲だったら良かったのに、ちら、とそんなことを思った。

 

「すごいね」

 

 アタシは思わず言った。

 

「え、何が」

 

 きょとん、と。

 そんな顔でアキは言った。

 当たり前だが、わかっていないようだった。この場で素人なのはアタシだけだから、説明するのは、伝えるのは難しいと思った。

 代わりに、ぶっきらぼうにアタシは言う。遠慮は要らなさそうだ。

 

「ん、別に。もう一回、同じやつ吹きたい」

 

「いいよ。何回でもやろう」

 

 何度も吹いた。何度吹いても楽しかった。

 

「吹くの、そのままでいいから、僕から吹いてもいいかな。合図するから」

 

「ん、わかった」

 

 アタシと違って、アキは素人ではない。同じことを繰り返してつまらないのかも知れない。少し反省する。

 そんなアタシの少しの迷いをよそに、アキが吹き始める。

 合図って言われてもわからないんだけどどうするのかな、と思い、フルートを口元に構えたまま見ていると、アキはアタシと目を合わせて、吹きながら、つい、と片手をあげた。

 あ、こうやって入るんだ。そんなことを思いながら練習したメロディーを吹く。吹き始める順番が変わるだけでも、少し変わった気分になる。楽しい。

 本当に楽しかった。


「そろそろ次に行こうか?」

 

 最初の曲を何度も吹いた後、提案してみる。

 アタシは、ずっと同じ曲を吹いていてもいいなと思っていたけれど、付き合ってくれるアキには悪いなと思っていたから。

 

「わかった。次は何?」

 

「シューベルト」

 

「シューベルトの……どれ? なんだっけ?」

 

「わかんないよ。楽譜のタイトルには何か書いてたかもしれないけど」

 

 大体、その『シューベルト』だって、楽譜のタイトルに(なぐ)り書きされていたアルファベットをママが読んでくれたものなのだ。

 他に何が書いてあるかなんて読めていない。

 

「そっか。じゃあ吹いてよ。わかったらそこから入るから」

 

 大丈夫かな、いいのかな、と思ったが、微笑(びしょう)から出るその言葉は、信頼できると感じられた。

 そして、アタシが見てきたいつも練習している姿は、信頼に足るものだった。

 私は吹き始める。覚えたとおりに、練習した通りに。

 

「……ああ」

 

 アキはすぐに入ってきた。なんでもないように。

 これも何度も吹いて、入る順番を変えてみたりした。

 

「次やろうか」

 

「ミッキーあったよね。僕からやるよ。あれ、伴奏から入った方が自然に行くから。合図するから」

 

「そうなんだ」

 

 アキが吹き始め、合図どおりに入る。

 練習通りに一生懸命吹く。

 何度も練習したはずなのに、その練習のどれよりも上手く吹けている。

 心地良い音がスタジオに溶ける。

 おそらくアキからしたら物足りなくて、アタシの演奏は稚拙(ちせつ)なのだろうけれど、それでも上手くなったような気がした。

 

 本当に、何度やっても楽しかった。


 〇

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