第13話/99話 「安堵 つかの間の」②
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雨が降る。
団地に冷たく雨が降る。
今年は本当に雨が多い。
だからって、サトミがせっかく新しい町を案内してくれる日にまで降らなくてもいいのに。
「車とか少なくて、歩きやすいでしょ」
並んで歩く傘が揺れる。
「新しい家が多いねえ」
「最近は他所から引っ越してくる人が多いんだって。私の他にもいっぱい転校生がいて、珍しくないんだよ」
「へえ。よかったね。一人だけだと緊張しちゃうし」
亀山団地は、サトミの言ったとおり桜山とよく似ていた。
黒いアスファルトの道路に、鼠色のブロック塀。
高いビルはなく、閑静な住宅街の道路の幅まで似ている。
建設中の家や、新しい家が少し多く感じる。
反対に、集合住宅はほとんどない。
「……似てるけど、ちがう町だね」
「当たり前じゃん。何言ってるの」
思わず漏れたアタシのつぶやきに、ふふっ、と笑いながらサトミは答える。
『児童館』はサトミの家から歩いて10分くらいのところにあった。
段差がないように入り口からコンクリートで整備された緩やかな坂を登る。
「車いすの子供とかも来られるようにこうなってるんだって」
「へえ~~……。なんだかすごいね」
バリアフリーなんてのは、この時ずっと未来の言葉だった。けれど、アタシは家の近くにある、小さな高低差には細かく階段、段差をつけた町内会の集会場を思い出して比較し、新しい建物というのはこういうものかと少し感動する。
児童館の中には、アタシたちと同じくらいの子供が大勢いた。
「あ、夏休みだから、人が多いみたい。少し見たらすぐ出ようか」
「あ、うん。そうする」
人の多さに少し気圧されたアタシは素直に答える。
と、入り口近くの雑誌コーナーに目が行く。
車やスポーツ、映画にファッション。表紙が写真で彩られた様々な雑誌がそこにあった。
「え、サトミ、これ、タダで見ていいの?」
「うん、そうだよ。図書館とかいくと、雑誌コーナーに週刊誌とか置いてたりするんだって。それの真似だってさ」
「いいなあ……」
アタシの知っている図書館というのは桜山よりずっと北の郊外にあるもので、ひとりでは行けない。大人に連れて行ってもらうものだ。
桜山団地の中には、こんな風に、雑誌を無料で読ませてくれるところは存在しない。
「こういうのがあれば、アタシも流行りの話題についていくの苦労しないのに……」
「でも、色々見てると、結局私たちに色々買わせようとか、お金使わせようとしてくるのばっかりなんだよ」
「そうなんだ。でもいいなあ……」
「せっかくだし、少し見ていく?」
「うん」
一緒に雑誌を見ていると、サトミは流行を色々アタシに教えてくれる。
学校の勉強はアタシが教えることもあったが、それ以外はてんでアタシはサトミに敵うところがない。
きっと新しい学校でも、前の学校と同じく人気者なんだろうな、アタシはそんな風に考える。
「あ、今度やる、この映画一緒に行かない? 恐竜好きだったでしょ」
雑誌に載っていた映画の宣伝記事を見ながら、サトミはそんな風に言う。
すごくかわいい女の子と等身大のリアルなトカゲ――恐竜の子供らしい――の写真が写っていた。
「恐竜好きだったのは、1年生とかの時の話だよ」
「そうだっけ。でもこの子、すごいんだよ」
「どうすごいの?」
「アタシたちより少し年上なんだけど、天才子役って言われてるんだって」
「へえ。演技がうまいのかな」
ドラマをほとんど見ないアタシには、上手い下手もわからないと思うけれど。
年上と言っても、アタシとそう年も変わらなさそうに見える子は、もう大人の世界に混ざって金を稼いでいる。かわいい子は得だな、そんな考えがアタシの心をちら、と掠める。
「たぶん? 私もよくわかんない」
「映画見るのはいいけど……。どこで見るの?」
「え? 映画館に決まってるじゃん?」
「映画館って、……あれは大人が行くところでしょ?」
アタシにとっての映画は、町内会で主催の人がフィルムを借りてきて、隣学区の市民センターや団地内のコミュニティーセンターの大きな部屋で、人を集めて上映されるものだった。
下敷きなんかのグッズも売られたりするが、教育上の関係なんかで上映作品とグッズに描いてあるキャラクターが一部代わっていたりすることもある。シュンが集めて楽しみにしていた、パンチパーマの不良が殴り合いをするアニメ映画が、幼児向け食品擬人化映画に差し代わっていた時はアタシも少し悲しかった。
「アハハハハ、シオリ、今は子供でも映画館に行くんだよ」
「そうなんだ。学校で教えてるのは『子供だけで映画館はダメ』だっけ」
言われてみれば、アタシもすごく小さい頃にパパに連れられて、洋画を見に行った記憶がある。ファンタジーだから怖くないよ、と言われてついていったのだった。『小さな女の子が花泥棒のマフィアを懲らしめる』みたいな筋立てのその映画は、小学校入学前のアタシには、暗い映画館の雰囲気と合わせてすごく怖かったけれど。
あれはパパに騙された。
「そうそう。私、今度、しんちゃんの映画もいくんだから」
「クレヨンしんちゃん? 映画でやるんだ」
「そ。映画館なんて普通よ普通」
「へえ~~……。すごいねえ。サトミ、大人だね……」
友達がなんだか遠くに行ってしまった気がしてしまう。
まあ、実際、引っ越して遠くには行っているのだが、それもあって、もう違う世界を生きているように感じた。
「そんなことないって。ユキミも誘うからさ。映画館で飲むジュース、おいしいよ」
「お金ないから、ママについてきてもらって、お金出してもらおうかな」
「そうしなって。シュンくんも連れてみんなで行こうよ。あ、でもそれだと男子一人だから、いづらくなっちゃうか」
「アイツ、女の子大好きだから大丈夫だよ、たぶん」
実際、ソトヅラは大したものなのだ。
「決まり。細かい日取りは今度電話するね」
「アタシ、予定は大体空いてるから大丈夫だと思う。楽しみだなあ」
想像もしてなかった予定が入り、夏の楽しみが増える。
ろくに経験のない映画館も楽しみだったけれど、これでまたサトミと会えるのがうれしかった。
〇
最後に寄った駄菓子屋は古かった。
桜山にある駄菓子屋は大体クリーニング屋かタバコ屋に併設されているものだが、亀山のそれは、駄菓子屋だけでやっているみたいだった。
外見から古いのがわかり、外のベンチなど、枠がさびまみれで歴史を感じさせる。
亀山団地は古い住宅地をニュータウンとして整備中だと聞くが、この駄菓子屋は間違いなく、ずっと昔からあったものだ。
ママの妹の嫁ぎ先――私にとって母方の従姉妹の家は、緑の山と透明な川がすさまじく綺麗なド田舎にあり、その部落で唯一の、昔からある商店をやっている。子供も大勢来るので駄菓子もおいてあり、この駄菓子屋は少し似た雰囲気を感じさせた。
駄菓子屋の店先には数人の男の子がいた。雨の中でも、わいわいと騒いで元気なものだ。
店に入ると、奥に見えるレジから、さらに奥まったところに和室が見え、何人かの子供がいるのが見えた。
「駄菓子屋で買ったやつを、奥で食べたりできるんだよ」
サトミが説明してくれる。
「私は食べたことないけど、頼めばお好み焼きとかも作ってくれるんだって」
「へえ。食べてみたいな」
アタシは外食をしないので、お好み焼きは漫画でしか見たことがない。
「せっかく来たんだから何か買おうよ。帰ってうちで食べよ」
「うん」
4月以降、外で遊ぶ機会がほとんどなかったので、小遣いは減らず、軍資金はしっかりある。安い駄菓子なら無限に買える。
あれこれ悩んで、いくつかのお菓子を手に取る。
と、同じくお菓子を持ったサトミが、あ、と手を止めた。
「ミサンガある。買おうか」
「ミサンガ?」
「キレイな紐で、腕とか脚とかに巻き付けておくんだって。流行ってるんだよ」
「あ~……、なんか男子が最近よくつけてるかも」
特に意味のないお手軽なファッションだと思っていた。
「切れると願いが叶うんだって。おそろいで買おう」
「うん。わかった」
バカみたいな安っぽいおまじないの類は好きではなかったが、おそろいの物を付けるというのは悪くなかった。
帰り道、ぼんやりサトミは言う。
「願いが叶うってなんなんだろうね」
「さあ。何かかなえたい願いとかあるの」
「うーん……。あ、プールで25メートル泳げるようになりたい」
「それは自分で練習することでしょ。あ、つまり、紐が切れるまで目標に向かってがんばりなさい、ってことなのかな」
「なるほど。シオリはかしこいな」
「適当だよ、適当」
アタシは特に目標とか願いとかはないけれど。フルートは始めたばかりだし、そのうち少し一緒にやったら、それで終わりだ。
〇
楽しい時間は本当にあっという間だった。
迎えに来たママは映画の話を快く了承してくれた。
また遊びに来てね、というサトミの言葉はあたたかかったし、次に会う時まで頑張ろうという気にさせてくれた。
帰りのママの車でアタシは足首に巻いたミサンガの存在を感じる。
願いねえ……。
天然素材の紐ではなく、カラフルなポリエチレンかなにかの素材を、プラスチックの留め具で丸くした『ミサンガ』は丈夫で、とても切れる物には思えなかった。
今日会った大好きな友達の女の子が地元に戻ってきて欲しい、というのがアタシの願望だったが、新しい町で楽しそうな様子の彼女を見た後では、それはとても願ってはいけないことだった。
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第13話/99話 「安堵 つかの間の」 終




