第13話/99話 「安堵 つかの間の」①
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亀山団地は、桜山よりも昔から人が住んでいるところだが、ニュータウンとして区画整理と再開発が完了したのはアタシが産まれた後であり、団地としては桜山より新しい。
桜山よりも市の中心部やオフィス街に近く、比較的治安も良好な地域であり、家を構えるにも人気の地域となった。
桜山から直線距離で約8キロメートル。
山を2つ越えなければたどり着けない場所は、子供の足には遠い。
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7月23日(金)
「おお~!! すごい、すごい。なんでわかるの?」
「種も仕掛けもゴザイマセン」
子供部屋に、サトミの明るい声と、アタシの練習した決まり文句が響く。
今年の3月に、桜山の県営住宅から亀山団地に引っ越したサトミの一家は、新築の一戸建てに移り住んだ。
アタシは、今朝、ママが出勤する前に車で送ってもらい、サトミの家に遊びに来ている。
引っ越した後に手紙をくれ、そこに住所と電話番号、それと「いままでみたいに、またあそびに来てください」と手書きのメッセージ。
正直、電話で訪問を伝えるときは手も足もガクガクだった。声だって震えていたかもしれない。
快く訪問を受け入れてくれたのはうれしかったけれど、本当に会えるのかも半信半疑だった。行ってもそこにいないのではないか。そこにいるのは、本当にアタシの知っている友達のサトミなのかと不安でいっぱいだった。
今朝もママが隣についてくれたけれども、玄関のチャイムを鳴らしてサトミとその母が出てくるまで、アタシの心臓は音が聞こえるくらい、アホかというほど巨大化していた。
ドアを開けて出てきたサトミの顔を見たとき、アタシはどんな顔をしていたのか。頬と鼻は汚い体液で少し濡れていたと思う。
たったの4ヶ月会わなかっただけなのに、もう永遠に感じる長さだった。たったの4ヶ月なのに。
サトミが「入って、入って」と言ってくれなければ、アタシはずっとその場に立ち尽くしていたかもしれない。感激というのか、感動というのか。春からずっと感じていた体の穴が埋まったような、寂しさが埋まったような感情だった。
『安堵』――そうだ、私は安堵したのだ。何に対してかはわからないが。
ママは「それじゃあ、夕方迎えに来るから」「どうか、シオリをよろしくお願いします」と言って、仕事へ行った。見知った仲なのだから畏まることもないのに、と思ったが、大げさに緊張していたのはアタシ自身も同じだ。
持ってきたのはトランプとコップと布とインチキコインと、それからいくつかの手品道具。
さっそく、ずっと見せたかった、用意したトランプ手品をいくつか披露したところ、サトミの反応は上々だった。
「え~!! すごいね。他にもできるの?」
「うん、まかせて。コイン使うやつも覚えてきたから」
インチキコインをコップから消したり、サトミの手から出して見せたりする。
視線誘導が肝要だから、実はインチキコインでなくても、普通のコインでもできる物もあるけど、練習で使い慣れている方が当然やりやすい。
サトミはちゃんと用意したもの全部に驚いてくれる。
良い観客だ。リアクションが良いとアタシもノる。
「本当は、お別れ会で見せたかったんだけど、ごめんね」
「シオリが悪いんじゃないから、いいよ。気にしてない」
3月のお別れ会。
人の出入りの多い桜山では、何人かがまとめて出ていくタイミングや、学年が上がるタイミングで引っ越す子供には、クラスで『お別れ会を開く』という習慣がある。
希望者が何か余興――出し物――をやったり、代表者がお別れの挨拶をしたりというものだ。涙も多いけれど、笑顔も多い。
3月に引っ越す予定があったのはサトミだけではなく、まとめてお別れ会をしようと計画された。
一番仲が良かったサトミが引っ越すと聞いたとき、アタシは正直ショックだったし、『これからどうやって生きていけばいいのか』というくらいの、はたからみれば笑ってしまうくらいの深刻な気分だったのだけれど、それはそれとして笑顔でお祝いしてあげたかったし、お別れ会では何かをしてあげたかった。
家にちょうど叔父からもらった手品セットがあったので、毎日、余興として一生懸命練習した。ちょうど今、フルートをやっているのと同じくらいの真剣さで。
お別れ会当日。
教室のみんなの前で、机に準備したコップとコインを置いて、手品を始めようとした……アタシの体は硬直する。
以前から自覚はあった。いつからか、他人の注目を意識すると体が固まってしまうのだ。
授業中に手をあげなくなったのはこれが理由だし、指名されても答えられないのも同じだ。
動かないアタシを、前に出てきたサトミは少し見つめて、抱きしめてくれた。
溢れ出たアタシの涙は止まらなかったし、感動的な別れに見えたかもしれない。
でも、アタシが泣いた理由は、別れが辛かったからではないのだ。
こんな大事な時に動いてくれないポンコツな自分の体が不甲斐なかったし、せっかく練習した余興を、周囲から「本当はできないのにやれると格好つけて、体が動かないことにして誤魔化しているのではないか」と疑われているのではないか、ということが悔しくて泣いたのだ。
なおその直後、それを自覚したアタシは、大事な友達との別れ自体を悲しむのではなく、『こんな時にも自分のことを考えている自分本位な自分』に愕然とし、整理できない感情に声をあげてわんわん泣き続けたため、サトミと他数人のクラスメイトに廊下に連れ出されている。
大事な友達に最後まで迷惑をかけて。
アタシは本当にどうしようもなくて面倒くさい奴だ。
「アタシ、本当はあのお別れ会の時出来たんだよ。練習だっていっぱいしたんだから。今は練習やってないし、昨日急に少しやっただけでなまってるけど、多分あの時の方が上手に出来たんだよ」
「わかってるよ。シオリ、出来ないものをできるって言わないじゃない」
「そっか。でも、みんな、信じてくれてない気がして。アタシのこと嘘つきだって思ってるんじゃないかって」
「そんなことないよ。シオリのことウソつきだって思ってる子なんかいないよ。ずっとそうだったじゃない」
「うん……」
サトミはいつもアタシの欲しい言葉をくれる。
誰からも好かれる、そんなサトミがアタシは好きだ。
「あの時の方がうまかったって、そんな。今より上手にやったらコインだけじゃなくて、コップも消えちゃうよ」
「あ、コップを消す手品もあるんだよ。アタシ出来ないけど」
「へえ、出来るようになったら見せてね」
「出来るように……なるかなあ」
本には載っていたけれど、やろうと思ったことはない。
「がんばってね。あ、あとでストⅡする? 好きだったでしょ」
「あ、うん、やる。アタシのブランカの強さ見せてやる」
流行りの対戦型格闘ゲーム。
アタシはサトミよりずっと下手くそで、なんなら集まる子たちの中では一番下手くそだったのだけれど、それでも一緒に遊ぶのは楽しかった。
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手品を見せてゲームをして……。おしゃべりしているとあっという間に昼になる。
昼食はサトミの母が用意してくれたそうめんだった。
「そういえば、ユキミちゃんはどうしたの? てっきりいると思ったのに」
「ユキミは地域のしぜんたいけんイベント? とかで、昨日からお泊り」
ユキミちゃんはサトミの1つ下の妹だ。姉妹仲は良いけれど、あまり顔は似ていない。
「自然体験? そんなのがあるんだ」
「ほら、ここ、県立の科学館が近いでしょ。主催で色々やってくれるのよ」
サトミの母が説明してくれる。
「へえ。あそこ色々あって楽しいですよね」
「シオリ来るんだから、ユキミもいればもっと楽しかったのに」
「また来るから、その時一緒に遊ぼうって言っておいて」
「うん。毎日来てもいいんだよ」
サトミは笑ってそう言ってくれる。
アタシだってできるならそうしたい。
「この後、スイカもあるからね。それ食べたら、だがし屋とか児童館とか行こう」
「だがし屋?」
「うん。町内を案内するから」
「おお~~。アタシ桜山じゃない団地は知らないから、ちょっとドキドキする」
桜山とかわらないかもしれないけど、と。そう言ってサトミは笑った。
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