第12話/99話 「残響 終業式の後」
〇
7月20日(火)
ヒョロロロロロロ……
午前が終業式で終わったので、昼飯を食べた後、ロングトーンの練習をする。我ながら情けない音だけれど。
この後、音階もやる予定だ。
「ねえちゃん、こないだから、ふえばっかりだね」
フルートを吹いていると、シュンが近づいてきた。
「まあね。早く吹けるようになりたいもの」
「へえ」
「なんか用なの」
「うん、あのさ……。ちょっと……」
もじもじと言いづらそうにするシュン。
いつもハキハキと喋る方だから珍しい。
「何。はっきり言えば」
「あの、がっこうに、にもつ、とりにいかなきゃいけないの。しゅうぎょうしきで、にもつおおくて、ぜんぶは、もってかえってこられなくて」
「は? ああいうのは毎日少しずつ持って帰る物でしょ」
現にアタシはちゃんと全部持ち帰ってきている。
「うん……。でもまだあるの」
「さっさと取りに行きなさい。明日から夏休みなんだから」
「いっしょに、いってくれない?」
「……はぁ? いかないよ。計画的にやらないアンタがわるいんでしょ」
「おねがい……。そと、あめだし、ひとりでいくのヤだ」
言いよどむ声に、アタシはつい絆される。
「……。……さっさとカッパ着て、ランドセル持ちなさい」
「うん! ありがと、ねえちゃん」
結局、こうなる。
我が家はシュンに甘いのだ。
アタシも含めて。
〇
昇降口はまだ開いていたので、そのまま入って1年生の教室に。
「全部入れた? 忘れ物しても、もうもどらないからね」
「うん、だいじょうぶ」
ランドセルは荷物でパンパン。道具箱を手に持つシュン。
いや待て。そんなに荷物を持ち帰るって、午前でいったん帰宅したときは、逆に何を持ち帰ったんだ?
ふと湧き上がるアタシの疑問をよそに、シュンは昇降口へ歩き出す。
ファアアアアアアァァァン……
昇降口。かすかに、聞いたことのあるラッパの音が校内に響いている。
アキがどこかで練習しているのだろうか。
トランペットを吹く小学生がそんなにいるとは思えない。
上級生のことは知らないし、アタシは楽器を吹く人間の事情もわからないから、案外他にもいるのかもしれないが。
今日、放送室は使っていないだろうから、どこでやっているのかは不明だ。
終業式の後、アキは「合わせるの楽しみにしてるから」と言っていた。毎日練習してるやつが、吹いたこともない初心者のアタシと合わせるのが楽しみに――なんとも不思議な気分だ。
あ、アイツはアタシが全く吹けないことは知らないんだっけ。
変に期待させてたりするのかな。
「ねえちゃん、そっちじゃないよ」
「なに、帰るんでしょ」
「うん。でもまだ、そとにアサガオがあるの」
「はあ??」
昇降口の出入口は西と東にあって、アタシたちが帰るのは西の方。
シュンは、1年生がアサガオを置いている場所に近い東から出て、アサガオの鉢を取って帰ろうと言っているのだ。
本当に、こいつ、午前は何を持って帰ったんだ??
「いや、あり得ないでしょ。大体、アンタ、どうやって持つの」
シュンの両手は道具箱でふさがっている。
「……。……もてないから、ねえちゃんが、もって」
「ええ……。やだよ。手、汚れるじゃん」
「おねがい。あとでいうこと、なんでもきくから」
「……はぁ~……」
手に持った道具箱を持ってやるからアサガオは自分で持て、と言おうかと考えたが、ランドセルの中身も重そうで、アタシよりも小さなシュンには少し酷に思える。仕方ない。了承することにした。
〇
帰り道。
土が詰まったアサガオの鉢は重く、ツルを伸ばすための支柱も邪魔だった。
傘を斜め後ろに向けて肩にかけ、顔の上に持ってくる。どうやっても顔か体のどこかは傘からはみ出す。
ザンザン降りの雨は容赦なく、アタシの顔を濡らす。
「ねえちゃん、ほんと、ありがと」
「うっさい。雨の中、女の子にアサガオのカゴ運ばせる男子なんてあり得ないから。マジで」
「うん、ごめんね。ありがとね」
「あ~……。帰ったら何してもらおうかなあ……」
といって、1年生にできることなど知れているのだが。
「そういえばさあ、ねえちゃんは、つうしんぼ、どうだった?」
通信簿。あるいは通知表。
各教科のそれぞれの項目が『よくできた』『普通』『もう少し』の三段階に分けられた、先生から各家庭への通知表。
本日渡された、今学期におけるアタシのそれは、はっきり言って見られたものではなかった。
「悪かったよ。『よくできた』なんてなかった。『もう少し』はいっぱいあったけどね」
姉の威厳がなくなるかもしれない、と思いながらアタシはシュンにありのままを話す。
授業中、自分から発言することがなく、たまに指名すれば固まってしまうアタシに長尾先生は厳しかった。
廊下に出されもしたから、そんなものかもしれない。
それにしたって、積極性以外は、そこそこちゃんとしていると思っていたけれど。
理解力に『もう少し』がついていた教科もあって、それは少し気になった。
アタシは学校の授業くらいは人並み程度にはできる方だと思っていたけれど。
大人、教師から見ると、自己評価とは違う目線だから、仕方ないのかもしれない。
まさか、えこひいきや私怨で成績を付けているわけでもあるまいし。
「えー? そんなわけない。ねえちゃんのテスト、100てんばっかりなの、ぼく、しってるよ」
「なんで知ってるの」
「つくえのうえにおいてたり、ゴミばこに、すててたりするじゃん」
「男が、女の子のゴミなんか漁るんじゃないよ」
マジでやめろ。見られたくない物があったらどうするんだ。
「ねえちゃんがかってにすててるんでしょ。100てんばっかりなのは、ほんとうだし」
「あのね、小学校のテストなんか満点で当然なの。教科書に書いてあることしかやらないんだから」
「そうかなあ。ぼく、あんまり100てんなんかとれないから、100てんのテストは、ぜんぶとってあるよ」
「……マジ?」
「うん。まだすくないけど」
「あのね、学校のテストは、理解してるかチェックするためのものなの。100点のテストなんて取っておいてどうすんの。取っておくなら満点取れなかったテストでしょ」
「それだと、ほとんど取っておかなきゃなくなるよ……」
「はあ……。ちゃんと宿題とかやりなさい」
ソトヅラと人当たりの良さだけで生きていくつもりか、コイツ。
我が弟のことであり、将来アタシに迷惑がかからないか心配になる。
「なつやすみのしゅくだい、いっぱいあったから、がんばらなきゃ。わからないところ、おしえてね」
「1年生の勉強なんか、わからないところあるわけないじゃない……」
「それはねえちゃんだからだよ」
ハイハイ。
持ち上げても、宿題は手伝いませんよ。
「で、アンタは通知表、どうだったわけ? 勉強とかあんまりしてないでしょ」
「うーん。ぼくは、けっこうよかったよ。『もうすこし』はなかったし、『よくできた』もいっぱいあった」
誇らしげにシュンは言う。
「え、そうなの? 甘い先生なのかな」
「そうかも。そうでなきゃ、ねえちゃんより、ぼくが成績いいなんて、ないよ」
「1年生だから、テストの点より普段の態度とかが評価されてるのかな……。いつも言ってるけど、アンタ、ソトヅラだけはいいからね」
「えへへ。じゅぎょうちゅう、がんばって、てをあげるようにしてるんだ。まちがえちゃうこともおおいけど」
「ほめてないからね、一応言っとくけど。ああ、積極的に答えるのは大事だと思う」
経験談である。
他に、コイツがよほど謙遜しているのでもなければ、学年の違いを考慮しても、シュンにアタシが劣る点なんて無いはずなのだ。あ、体育以外。
積極性を重視する教師が我が校には多いのだろう。
そんな風に考えて納得することにした。
通知表がクラスの中での相対評価であることを、アタシはこの時まだ知らない。
〇
第12話/99話 「残響 終業式の後」 終




