第88話 星雫と光のハーモニーが大地を癒す時、誓いと未来が静かに芽吹く
あけましておめでとうございます!
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本年もどうぞよろしくお願いいたします。
光は、静かに、けれど確かな意志を持って引いていった。
それは消えるためではない。
奇跡の名残は、大地の鼓動に溶け込み、命の源へと深く染み込みながら、世界をそっと抱きしめていた。
最初に異変が現れたのは、村外れの牧草地だった。
「……あ、あれ?」
誰かの声が、朝の空気を震わせる。
昨夜まで、灰色に伏していた草地。踏めば粉のように崩れ、家畜すら近寄らなかったその土地に――
ぷつり、と。緑が芽吹いた。
一本、また一本。まるで目覚めを告げる合図のように、淡い若草が顔を出し、次の瞬間には一気に広がっていく。
村を包んでいた光が、ゆっくりと薄れていく。
だが、消えたわけではなかった。
それは――この地に“定着した”。
「う、嘘だろ……」
村人が駆け寄り、恐る恐る膝をつき、土に触れる。
――温かい。
死んでいたはずの土が、柔らかく、湿り気を帯び、指の間をすり抜ける。
「生きてる……!」
その叫びとほぼ同時に、牧草地の奥から、低く力強い鳴き声が上がった。
「モォォ……!」
牛だった。
痩せ細り、肋が浮き、立つのもやっとだったはずの老牛が、今は堂々と首を上げ、筋肉の戻った脚で大地を踏みしめている。
「お、お前……!」
飼い主が駆け寄り、震える手で、その背に触れた瞬間、思わず声を失った。
張りのある皮膚に温かい体温、かつて、最も誇りだった頃の感触。
「戻ってる……若い頃の、お前に……!」
羊たちも同じだった。毛並みは艶を取り戻し、目には怯えではなく穏やかな光が宿っている。
ぴょん、と跳ねた子羊を見て、誰かが泣き笑いの声を上げた。
「生きてる……ちゃんと、生きてる……!」
畑でも、奇跡は起きていた。
ひび割れ、灰と化し、鍬すら拒んでいた土が、今はふかふかと息をし、耕すたびに深い香りを放っている。
「この土……!」
農夫が、思わず土をすくい上げる。黒く、湿り、指に吸い付くような感触。
「今年……いや、今すぐにでも、種を蒔ける……!」
さらに――
村の中央にぽっかりと口を開けていた、かつての命の源。
今は干からび、板で封じられたその井戸には、「もう終わった」と言わんばかりの絶望が染みついていた。
その枯れ果てたはずの井戸の底から、かすかな音が立った。
……こぽ。
それは幻かと思うほどに小さく、けれど確かに響いた。
「……え?」
誰かの戸惑いの声とともに、次の瞬間、ごぼり、と。
清らかな水が、まるで地の奥から呼吸するように、静かに湧き上がってきた。
「水だぁぁぁ!!」
誰もが叫ぶ。そして清浄な水は勢いを増し、あふれ、井戸の縁を越えて地面を濡らしていく。
村人たちは、信じられないものを見るように立ち尽くし、やがて、誰からともなく膝をついた。
水をすくい、飲む。
「……うまい……」
その声は、泣いていた。
「ちゃんと……生きてる水だ……!」
歓声が、村に満ちる。
泣き声。笑い声。名前を呼び合う声。
それらすべてを、朝霧が柔らかく包んでいた。
かつて、厄災に呑まれ、草一本すら生えぬ灰色の荒野となったその一角。
そこもまた、柚葉とルシエルが織りなした祈りが染み渡った大地だった。
芽吹いたばかりの若草が、まだ頼りなげに風に揺れている。
土は柔らかく、湿り気を含み、踏みしめるたびに生命の匂いを立ち上らせていた。
村の住民たちは、畑の様子を確かめるため、慎重にその一帯へ足を運んでいた。
「……ここも、ちゃんと戻ってるな」
誰かが安堵の息を漏らした、その時だった。
「……あれを、見ろ」
低く抑えた声に、全員の視線が集まる。
若草の向こう。
つい先ほどまで、確かに“何もなかった”はずの場所に――建物が立っていた。
村のどの家よりも背が高い、木組みの小屋。
だが最も目を引くのは、側面から突き出した四枚の巨大な羽根だった。
白い羽根は、朝の光を受けて淡く輝きながら、ゆっくりと回っている。
強い風が吹いているわけではない。
それでも羽根は止まらず、まるで大地の息吹に合わせるように、静かに、規則正しく回転していた。
「……家、なのか……?」
「いや……羽根が……動いてる……」
村人たちは距離を保ったまま、呆然とその建物を見つめる。
木壁は新しいのに、奇妙なほど土地に馴染んでいる。
基礎は深く大地に根を下ろし、まるで最初からそこに“在った”かのようだ。
赤茶色の屋根瓦も、見慣れぬ形をしているのに、不思議と温もりを感じさせる。
「……聖女様の奇跡で、土地が生き返っただろう」
年配の農夫が、ゆっくりと言った。
「生き返った大地が……“必要な形”を選んだのかもしれん」
誰もが、その言葉にそうなのかもと感じ入った。
荒れ地は、ただ元に戻ったのではない。
“これから生きていくための姿”へと、変わったのだ。
羽根が回るたび、低く、穏やかな音が響く。
それは不安を煽る唸りではなく、どこか心を落ち着かせる規則正しい音だった。
「……風を、使う家……か」
「精霊を閉じ込めてるって感じじゃ、ないな……」
むしろ――風と共に生きるための器。
誰も正体を知らない。だが、ひとつだけ確かなことがあった。
その風車小屋は、奇跡の“余波”ではない。
再生した大地が、未来のために選び取った――新しい営みの象徴だった。
再生した村の中心で。
柚葉は、ルシエルの手を、まだ握ったまま立っていた。
胸の奥が、じんわりと熱い。
(……ああ)
目の前の光景は、奇跡だ。けれど、彼女は知っている。
奇跡は、誰かの「信じたい」という気持ちと、誰かの「一緒にやろう」という手の温もりから生まれるのだと。
ルシエルが、そっと呟く。
「……届いたね」
柚葉は、笑った。
少し泣きそうで、でも胸を張って。
「うん。……でも、これで終わりじゃない」
村人たちの未来は、今日からまた続いていく。
だからこそ。
「――ここからだよね」
確かに、そう感じていた。
村人たちの歓声が、遠くで響く。
生き返った土地に、泣きながら膝をつく者。
水をすくい、何度も確かめる者。
元気に跳ね回る牛や羊に、笑いながら駆け寄る子どもたち。
そのすべてを背に。
柚葉とルシエルは、まだ光の余韻に包まれたまま、並んで立っていた。
世界は、確かに変わった。
ガルディウス、ヒジカタ、リリア達が出会う短編となります。お時間のあるときにでも、こちらも読んでいただけたら幸いです。
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