表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モケジョの異世界聖女ライフ ~模型神の加護と星降りの巫女の力に目覚めた私~光の王子の距離感がバグっているんですが!  作者: Ciga-R


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/141

第86話 それでも明日を信じて、星雫と光が重なる朝



 朝霧が、クンナ村を包んでいた。


 クラウス領の館で一夜を明かした柚葉、ルシエル、ヒジカタ、リリア、セラフリエルは、領主クラウスの案内で村へと向かっていた。


 夜明け直後の空気は澄んでいるはずなのに、村に近づくにつれ、柚葉の胸は、少しずつ重くなっていく。


 ――匂いが、違う。


 湿った土の匂い。

 焦げた木材。


 そして、どこか甘く、嫌な――魔力が腐ったような残り香。


「……これが」


 リリアが、小さく息を呑んだ。


 村の入口に立った瞬間、全員が言葉を失った。


 クンナ村の外れ。虚邪の穢れが最も濃く残る一帯で、柚葉は立ち尽くしていた。


 地面は黒ずみ、草は途中で命を諦めたように折れ伏し、空気そのものが、どこか重い。


「……ここまで、か」


 呟いたのは、誰だったか。


 家屋の壁には、急場しのぎの補修痕。

 焼け焦げた木材。

 祈りの痕跡だけが残る、簡易的な祭壇。


 ――生き延びてはいる。だが、代償はあまりにも大きい。


 柚葉は、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。


(これが……虚邪の、爪痕)


 命を奪うだけではない。土地を殺し、明日を削り、希望を“生きづらくする”。


 彼女の隣で、ルシエルもまた、静かにその光景を見つめていた。


 唇を結び、何も言わない。


 ――王族として。

 ――“光”を宿す者として。


 その沈黙が、痛みを知っている証のように、柚葉には思えた。


 少し離れた位置で、セラフリエルが足を止める。


 神殿監察官テンプル・オブザーバー。星と地脈の歪みを監視し、判断する者。


 その銀の瞳が、柚葉を真っ直ぐに捉えた。


「……星降りの巫女」


 静かな声。


「星雫の聖女として――貴女は、この地に対して“何ができますか”」


 問いは、責めではない。だが、逃げ道もない。


 柚葉は、すぐには答えられなかった。


 握りしめた拳に、力が入る。


「……解らない」


 正直な言葉だった。


「あたしに、なにが出来るかなんて……正直、解らない」


 治療はできる。

 怪我は癒せる。

 しかし――


 この土地そのものを蝕む“穢れ”は。


 星降りの加護。

 黒蝶の治療。


 それは、“生きているもの”に作用する力だ。地脈そのものが歪められた場所では、限界がある。


 それを、柚葉自身が一番理解していた。


 それでも。


「……でも」


 もう迷わない。そう心に誓い、顔を上げた。


「できるかどうかは分からない。でも、試したいの」


 セラフリエルの視線が、わずかに揺れる。


 柚葉は、隣に立つルシエルを見た。言葉にする前の決意を、そのまなざしに込めて。


 まっすぐに。


「ルシエル」


「うん?」


 彼は、すぐに応えた。それは驚きというより、長く願っていた想いが叶ったときの、熱を帯びた歓喜だった。


「あたしは、あなたと進みたい。だから……力を、貸して」


 一瞬、風が止まった。


 ルシエルは、言葉を失ったように瞬き――そして、ゆっくりと微笑む。


 胸の奥に、熱が灯るのを抑えきれない、といった顔で。


「ボクに出来ることなら……なんでも言って」


 感動に、ほんの少し浸った声だった。


 柚葉は、少しだけ視線を逸らし。


 それから、意を決したように言う。


「……手を、握っていて欲しい」


「え?」


 今度こそ、完全に言葉を失うルシエル。


 だが、次の瞬間には――何も問わず、そっと手を差し出した。


 柚葉の指が、ためらいがちにその手に触れる。


 温かい。


 人の体温であり、そこに流れる確かな“生”の感触。


(……この土地は、今)


 柚葉は、目を閉じる。


(虚邪の穢れに侵されてる)


 星降りの加護だけでは、届かない。

 黒蝶の癒しでは、追いつかない。


(だったら……)


 隣にある、もう一つの光。


 生を導く、陽光の系譜。ルシエルの中に宿る、“純度の高すぎる輝き”。


(一緒に、使えたら……?)


 星降りの巫女としての加護と光の王子が宿す、陽光の聖女の血を濃く受け継いだ光。


 重ね合わせたなら。


 “治す”のではなく。“巡らせ直す”ことが、できるかもしれない。


 柚葉は、ゆっくりと息を整える。


 まだ確証はないし、成功する保証もない。


 それでも。


(……やってみたい)


 この土地のために、ここで生き続けようとする人たちのために。


 そして――

 隣で、何も言わずに手を握ってくれている、この人と一緒に。


 柚葉は、静かに目を開いた。


 星雫の聖女としてではなく。一人の女として。


 “何かを始めようとする者”の目で。


 ――ここからだ。


 そう、確かに感じていた。


 倒れた柵。

 半壊した家屋。

 焼け焦げた地面に残る、黒ずんだ痕跡。


 虚邪の穢れが、ここを“通過した”のではなく、喰い荒らした跡だった。


 柚葉は、無意識に拳を握りしめる。


「……こんな……」


 家の前で、呆然と立ち尽くす老人。瓦礫を片付けようとして、何度も手を止める若者。泣き疲れて眠っている子どもを、静かに抱き寄せる母親。


 誰もが生きている。だが、誰もが深く傷ついていた。


「ユズハ……」


 ルシエルの声が、すぐ隣で落ちる。


 彼の表情は、静かだった。しかし、その瞳の奥で、確かな痛みが揺れているのを、柚葉は見逃さなかった。


「……助けられなかった人も、いるんだよね」


 柚葉の問いに、クラウスは、重く頷いた。


「オークジェネラルの襲撃は撃退できた。だが……穢れは、確実に残った」


 セラフリエルが、地面に残る黒い痕を見つめ、低く告げる。


「これは“傷”です。ですが時間が経っても、自然には消えない穢れ」


 柚葉の胸が、ぎゅっと締め付けられた。


 ――こんな現実が、世界にはある。

 ――そして、自分たちは、まだ何も終わらせていない。


 その時だった。


「――お兄ちゃん!」


 弾むような声が、村の奥から響いた。


 振り向くと、一人の少年が、全力で駆けてくる。


 顔にはまだ、薄く残る包帯。それでも、その表情は、驚くほど明るかった。


「この前は、ありがとう!!」


 少年は、ルシエルの前で勢いよく頭を下げた。


「オークにやられそうだったオレとじぃちゃんを助けてくれたでしょ! 盾で受けてくれて……あの剣の技、すっごかった!!」


「……無事でよかった」


 ルシエルが、少し照れたように微笑む。


 そのやり取りを見て、柚葉の胸の奥で、何かが、ほんの少しだけ、ほどけた。


 さらに。


「あっ! あの時のお姉ちゃん!」


 今度は、小さな少女が、母親に手を引かれながら近づいてくる。


 腕には、もう血のにじんでいないスカーフを巻いている。


「ケガ、ぜんぜん痛くなくなったの! ありがとう!!」


 少女は、満面の笑みで、柚葉に言った。


「お姉ちゃん、すっごいね! 魔法のお医者さんみたい!」


「……!」


 柚葉は、一瞬、言葉を失った。


 自分は、完璧じゃない。それに世界を救えるほど、強くもない。


 それでも。


 ――確かに、この子たちは、生きている。

 ――自分の手が、届いた場所が、ある。


 胸の奥で、何かが、灯った。


「……ううん」


 柚葉は、しゃがみ込み、少女と目線を合わせる。


「あたしは、まだまだだよ。でもね」


 ぎゅっと、胸の前で手を握りしめる。


「それでも――自分にできることは、ちゃんとやる」


 少女が、ぱっと笑った。


「うん!!」


 その笑顔を見て、柚葉は、はっきりと思った。


(逃げない)


(見て、感じて、傷ついても――)


(それでも、私にできることを、やるんだ)


 朝霧の向こうで、太陽が昇り始めていた。


 焼け跡だらけで畑も荒れている。それでもその光は村を、確かに照らしていた。


 ――この場所にも、まだ“明日”はある。


 柚葉は、そう信じて、一歩、前へ踏み出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ