第83話 破壊が道を拓き、知が刃となる――王子たちの夜」
そして――さらに深い夜。
森の奥、影の裏、結界の隙間。
迅月衆は、すでに“答えに近い場所”を嗅ぎ当てていた。
リュウゲツは歩かない。風に紛れ、闇に溶け、存在しないものとして移動する。
(……地脈が、切られている)
本来なら交わるはずの魔力の流れが、意図的に遮断されている。
隠すためではない。
――“隔離”だ。
「ここは……封印の外殻」
穢れの中心ではない。だが、確実に“守るべき何か”がある。
リュウゲツは、即座に判断する。
ここを押さえれば、必ず――誰かが動く。
影は、静かに符を刻んだ。
合図は不要。
夜は、すでに共有されている。
同じ頃。
遥か後方で、オーヴェルスは紫雲を広げ、アウロアは風精霊に問いかけ、ドルガンは“退路になりうる地形”を無言で刻んでいく。
それぞれが、違う役割で、同じ一点を指している。
虚邪の穢れは、逃げ場を失いつつあった。
――だが、まだ本拠地は姿を見せない。
それは、嵐の前の静けさ。
あるいは――“次代の刃”が、本当に揃うのを待っているかのように。
夜は深く、闇は濃く、運命の輪郭が、ようやく浮かび上がり始めていた。
交差 ――知と力が、同じ一点を指す。
夜明け前。
空が最も暗く、星が最も冴える刻。
その瞬間、各地で集められていた情報が、目に見えぬ線となって王都の外縁へと集束し始めていた。
最初に“違和感”を確信へと変えたのは、アーシェスだった。
彼は丘陵の岩に腰を下ろし、地図でも魔道具でもなく、ただ星の位置を見ていた。
風向き、雲の流れ、遠方の瘴気の揺らぎ。
――すべてが、僅かに「遅れている」。
(……流れが、鈍い)
自然現象にしては、整いすぎている。
まるで、意図的に“巡らないようにされている”かのように。
そのとき。
腰元の通信晶が、かすかに震えた。
『北東、地脈遮断を確認。封印外殻の可能性高し』
リュウゲツからの短い報告。
余分な言葉はない。だが、アーシェスの思考は一気に加速した。
(外殻……なら中心は、必ず別にある)
防壁があるということは、守られている“核”が存在するということだ。
そして、その核は――静かな場所には、ない。
アーシェスは、もう一度星を見る。
南。
山脈の向こう。
星の瞬きが、わずかに歪んだ。
「……来たか」
ほぼ同時刻。
南方山脈。
ガルディウスの剣が、地面を叩き割った。
轟音。
岩盤が裂け、瘴気を孕んだ衝撃波が夜を吹き飛ばす。
「ははっ! やっぱりなァ!!」
笑い声が、雷のように響く。
彼の周囲には、すでに“寄ってきた”ものたちが倒れていた。
魔獣。
歪められた眷属。
形だけを保った虚邪の走狗。
だが、ガルディウスの目は、敵ではなく――地面を見ていた。
割れ目の奥。溢れ出す瘴気の“向き”。
「……上じゃねぇ。横だ」
本能が、叫んでいる。
ここは入口じゃない。だが、通路だ。
破壊したからこそ、見えた。
剣を振るったからこそ、露わになった。
その瞬間、通信晶が震える。
『南方で大規模反応。ガルディウス殿、貴殿が引いた線――間違いない』
オーヴェルスの声。
続いて、アウロア。
『風が、同じ場所を避けているわ。嫌がるというより……近づかないように“教えられてる”』
ガルディウスは、にやりと口角を上げた。
「なるほどな……」
そして、最後に。
『――そこだ』
冷静な声。
アーシェス。
『お前が壊した“通路”の延長線上。地脈が、完全に沈黙している地点がある』
一拍。
山脈を越え、丘陵を貫き、森を潜った――すべての情報が、頭の中で重なる。
『虚邪の本拠地は――』
アーシェスが、言い切る。
『地下だ。だが“封印”されているわけじゃない』
ガルディウスが、笑う。
「違うな」
剣を担ぎ直し、地を蹴る。
「――隠れてるだけだ」
知略が、座標を示した。
破壊が、扉を暴いた。
その二つが重なった瞬間。
大地が、呻いた。
遠く離れた場所で、封印外殻に刻まれた符が、音もなくひび割れる。
リュウゲツが、影の中で呟いた。
「……動いたな」
虚邪は、気づいたのだ。
――見つかった、と。
そして同時に、理解した。
これは陽動ではない。そして牽制でもない。
本気で、来ている。
夜の奥で、穢れが蠢く。だが、もう遅い。
知と力。
冷静と暴力。
相反するはずの二つが、今この瞬間、完全に噛み合った。
虚邪の穢れ本拠地は――ついに、その輪郭を現し始めていた。
虚邪は、気づいていた。
光が――動き出したことを。
王家の血に宿る、あの純度の高すぎる輝き。
記録から消され、名を奪われ、守られて育った“光の継承者”が、ついに表舞台へ近づきつつある。
大神殿の最奥。
闇に沈んだ祭壇のさらに下、世界の“縫い目”にあたる深層で、穢れは静かに蠢いていた。
黒は意思を持たぬ。
だが――記憶を持つ。
かつて、あの光に焼かれた記憶を。
かつて、セレーネという名の聖女によって、完全な復活を阻まれた屈辱を。
――二度と、同じ過ちは繰り返さぬ。
虚邪の教団は、すでに配置を終えていた。




