第72話 それでも守ると決めた、喧嘩ばかりの許嫁が、最強すぎる理由
「放っておいても、将来は宮廷魔術師長になれるって言われてた」
だからこそ――
「“男らしくあれ”って、余計に言われた」
沈黙が回廊に静かに落ちる。
そこで、ヒジカタが静かに口を開く。
「……だから、某と許嫁になった」
リリアは、ちらりと柚葉を見る。
「ヒジカタ――ユーフェミアはね」
侍姿。
浮きまくり。
だが、堂々としている。
「貴族の中じゃ完全に異端」
「でも、誰よりも自分を偽ってない」
「……かっこよかった」
小さく、でも正直な声。
両家は昔から強い縁で結ばれていた。
政治的にも、感情的にも、切れない関係。
「だから、“余り物同士”で許嫁」
ヒジカタはむすっとして、胸を張る。
「余り物とは心外でござる」
「そこは否定しないんだ」
リリアは軽く突っ込みつつ、言葉を続ける。
「それでね」
少し声のトーンを落とす。
「昔……王都に“客人”が来たことがあって」
柚葉の胸が、思わず跳ねた。
「その人が描いた“絵巻”を見せてもらった」
――異世界の文化。
――それって――マンガだよね?
「主人公はね」
ふ、と笑う。
「量産型地雷系女子の日常」
沈黙が回廊に静かに落ちる。
柚葉は、心の中で理解した。
(……あ、これ)
(完全に刺さったやつだ……)
「自分の好きな格好をして」
「好きな名前で呼ばれて」
「役割に縛られずに生きてる女の子」
「……それ見た瞬間」
リリアは胸に手を当て、視線を少し逸らした。
「天啓だと思った」
「じゃあ、わたしもこれでいいじゃん、って」
フリルをそっとつまむ。
「名前も、姿も、立ち位置も」
「全部、自分で決める」
そして、少し照れたように小さく微笑む。
「魔法の才能があるなら」
「好きに生きたって、問題ないでしょ?」
静寂が訪れる。
柚葉は、ゆっくりと息を吐いた。
(……なるほど)
(めちゃくちゃ、筋が通ってる……)
ヒジカタは誇らしげに胸を張る。
「某は、今の姿のリリアを認めておる」
「……うるさい」
でも、声にはわずかな柔らかさが混じっていた。
ルシエルは穏やかに微笑む。
「だから、“強力”なんだ」
その強さは、力だけではない。
覚悟と、自分を選び取った意志の強さ。
柚葉は思った。
(……この護衛)
(とんでもなく濃い……)
そして同時に、確信した。
(……でも)
(絶対、信頼できる)
静かに、しかし確かに、心の底から。
――某が、この縁談を受け入れた理由か。
正直に言えば。
最初から“選択肢”など、ほとんどなかった。
ローゼンクロイツ家と、フェルメリア家。
両家は古くから、血と誓約で結ばれた関係にある。
剣を交わし。
背を預け。
幾度も戦場を越えてきた。
その縁を、次代へ繋ぐ。
それが、貴族としての務め。
某――ユーフェミア・ル・ローゼンクロイツもまた、その例外ではなかった。
だが。
(……正直、退屈な話でござる)
政略。
形式。
名目。
そんなものより。
某が、あの縁談を「受ける」と決めた理由は、もっと単純だった。
――初めて会った日のこと。
庭園の片隅。
誰も使わぬ、半ば忘れられた温室。
そこにいたのが――リリアだった。
当時は、まだ今の名ではなかった。
服装も、地味で。
声も、弱々しくて。
だが。
床一面に広げられた魔法陣。
紙に書き殴られた理論式。
宙に浮かぶ、未完成の魔導装置。
そして、その中心で、目を輝かせていた小柄な令息。
(……なんだ、この光景は)
あまりに場違いで。
あまりに楽しそうで。
某は、思わず足を止めた。
「……その式、第三項が冗長」
思わず、口を出した。
すると。
彼は、びくりと肩を跳ねさせて――
次の瞬間。
「え、あ、本当だ……!?」
ぱっと顔を上げ、こちらを見る。
怯えも。
取り繕いも。
貴族的な挨拶も、すっ飛ばして。
「それ、気づいてたの!? いや、でも……あ、そっか、ここ削れば――」
――夢中だった。
誰かに見せるためでも。
認められるためでもなく。
ただ、魔法が好きで。
考えることが、楽しくて。
その姿を見た瞬間。
(……ああ)
(この者は)
某の胸の奥で、何かが、すとんと落ちた。
――この者は、“型”に収まるべきではない。
後日、正式に知らされた。
「許嫁になる予定の相手だ」
そう告げられた時。
某は、一切迷わなかった。
「承知した」
即答だった。
周囲は、驚いた顔をしていた。
――奇抜な侍姿の娘と。
――貴族らしくない、ひ弱な令息。
釣り合わぬ。
不格好だと。
だが。
某にとっては。
(……むしろ、ちょうどいい)
剣を握り、前に立つ者。
知を操り、後ろを支える者。
互いに、互いの“できないこと”を補う。
それだけの話だった。
そして、何より。
リリアは。
自分を、見下さなかった。
侍姿を「変だ」とも言わず。
女らしくないとも言わず。
「……その格好、理にかなってるね」
そう言った。
「動きやすそうだし、魔力の流れも悪くない」
評価が、全部“実用”基準。
その一言で。
某は、決めた。
(……ああ)
(某は、この者を守る)
名を捨てても。
姿を変えても。
世界から浮いても。
この者が、自分で選んだ道を行くなら。
某は、その横に立つ。
それが、許嫁という形であろうと。
戦友という形であろうと。
――どちらでも、構わぬ。
今。
こうして口喧嘩ばかりしているが。
(……実のところ)
某は知っている。
リリアが、どれほど自分の魔法に真剣か。
どれほど、自分の選択に責任を持っているか。
そして。
誰よりも、自分自身に厳しいことを。
だからこそ。
某は、今日も言う。
「拙者は、この許嫁を恥じたことは一度もない」
たとえ。
フリルを翻し。
地雷を量産し。
意味不明な名前で名乗ろうとも。
「……某が選んだのだから」
それだけで、十分でござる。




