第70話 だる系魔導士と侍オタ、初対面で全面戦争、運命だけが知っていた答え
――問題は、合流して三秒後に起きた。
王城・西棟回廊。
遠くから、規則正しい足音が近づいてくる。石畳を踏みしめるたびに響くその重みは、迷いのない意思そのものを示していた。光を受けて揺れる青に近い銀髪が、微かに回廊の空気を切る。
そして、あまりにも“新選組すぎる侍”――ヒジカタ・ソウシが、堂々とその姿を現した瞬間。
柚葉が何か言おうとしたその直前、リリアが彼女の横でぽそりと零す。
「……なに、あの服……相変わらず……イミフ」
声は驚くほど静かで、無防備なほどに淡々としていた。だがその一言が、致命的な重力を放つ。
ヒジカタ・ソウシの足が、ぴたりと止まる。身体は動かさず、首だけがゆっくりとこちらを向いた。
「――ほう」
低く、腹に響く声。冷たくも鋭く、誇りを帯びていた。
「某の誇り高き正装を捕まえて、“あの服”とは……」
一歩前へ踏み出す。
「そして――“イミフ”とな?」
回廊の空気が、ぴしりと軋む。
「拙者、侍でござるが?」
だが、リリアは一切ひるまない。気だるげに目を細め、上から下まで値踏みするように眺め回す。
「時代錯誤」
一つ。
「動きにくそう」
二つ。
「布、多すぎ」
三つ。
「暑そう」
四つ。
そして最後に、追い打ち。
「研究室だったら、即追い出す」
ヒジカタのこめかみに青筋が浮き、ぴきりと怒りが走る。
「なっ――!?」
「貴様……武士の美学がわからぬとは、なんたる不心得!」
正面衝突。声がぶつかり合い、回廊の静謐な空気を裂く。
「美学って」
リリアは淡々と返す。
「戦闘効率と魔力循環を犠牲にする趣味の話でしょ?」
「武士道は趣味ではござらん!!」
火花が散ったように、二人の間に緊張が走る。
柚葉は、二人を交互に見て――
(……え?)
(え、なに?)
(この二人、初対面……だよね?)
(なんでこんな、昨日も口喧嘩してました、みたいなノリ……?)
視線を横にやると、ルシエルはすでにすべてを悟った顔で、深いため息をついていた。肩の力を抜き、王子らしい落ち着きを保ちながらも、確かに「これは長丁場になる」と覚悟している空気が漂う。
「……ああ、やっぱり」
小さく呟くその声に、柚葉は思わず息を飲む。
「ルシエル殿!!」
ヒジカタが即座に縋るように食い下がる。
「聞いてくだされ! こやつ、侍の魂を侮辱し――」
「ちょっと待って」
リリアが被せるように声をあげた。
「そっちこそ、“某”とか言ってる時点で怪しさ満点だから」
「なにを!?」
「語尾が全部つくりすぎ」
「拙者は本気でござる!!」
「余計タチ悪い」
回廊に、目に見えない火花が散る。
侍の誇りと研究者の合理。美学と効率。魂とデータ。
互いの価値観が衝突し、もう止まらない。
柚葉はただ、手を胸に当てて呆然と見守るしかなかった。
(……助けて……)
自然と視線はルシエルへと向かう。だが、彼は一度だけ深く息を吐き、諦めたように空を仰いだ。
(……あ、この人、慣れてる……)
柚葉は確信する。
そして同時に思った。
(……これ、絶対)
(今後ずっと一緒にいるやつだ……)
王城の回廊に、今日も静かに新たな厄介事が一つ加わった。その気配は、確かに重く、しかしどこか楽しげな嵐の前触れのようにも思えた。
――すると。
ルシエルは、ほんの少し困ったように微笑んだ。
王子らしい柔和さ。しかし、その奥に、確実な「慣れ」が滲んでいる。
「……二人とも」
やや控えめに、しかし確実に届く声で。
「少し、落ち着こうか」
――が。
「落ち着いてるでござる!」
「全然」
即座に返る否定。
しかも。
完璧な同時発声。
シンクロ率、百パーセント。
柚葉は思った。
(……息、合いすぎでは?)
ルシエルの眉間に、見えない疲労ゲージが静かに積み上がっていく。
「……はぁ」
王子は軽く息を吐いた。
そして。
完全に“切り札を切る顔”になった。
「……ちなみに」
その一言で、二人の口がぴたりと止まる。
静寂。
嵐の前の、ほんの一瞬。
柚葉が息を呑む中、ルシエルは穏やかな声のまま――さらっと。
爆弾を落とした。
「この二人だけど」
視線が集まる。
「実は、許嫁同士なんだ」
「「――――――はぁ!?」」
完全同時。
衝撃音すら聞こえそうな勢いだった。
柚葉も、反射で叫んでいた。
「えええええ!?」
三重奏。
王城の回廊に、見事なハーモニーが響く。
「なななななな、なに言ってるの!?」
リリアが全身で否定する。
「拙者は断じて、このような奇妙なやつと――!!」
ヒジカタも、刀の柄に手をかけかけて踏みとどまる。
「ないないないないない!!」
リリア、全力で首を横に振る。
「ありえない! 研究対象としても微妙!」
「某を研究対象にするな!」
「存在がノイズ!」
「無礼千万!」
ぎゃーぎゃー。
否定の応酬。全方向から、全力で否定。
――だが、どこか違和感があった。
言葉は酷いが、視線の端や、口の端に、わずかな柔らかさがある。
ヒジカタの眼差しはリリアの華奢な腕やフリルの動きを追い、リリアもまた、ヒジカタの正装の細やかな装飾を無意識に観察している。
嫌悪でもなく、好奇でもなく――否定の言葉の奥に、微かな愛着や尊敬がにじんでいるように思えた。




