第67話 祈りの余韻、近すぎる距離、そして最強護衛参戦
ルシエルは、泣き崩れるその人にを向け、困ったように、しかしどこか諦観を帯びた微笑を浮かべる。
「腕は確か。剣の冴え、判断力、忠誠心どれを取っても、この国でも上位に入る。あのガルディウス兄上が認めるほどの人物だからね」
そこで一拍。
ほんのわずか、残念そうな色が滲んだ。
「……この性格さえ、なければ」
柚葉は、思わず心の中で頷いた。
(わかる……すごくわかる……)
ルシエルは続ける。
「だが、誓いに殉じる心は本物かな。命を預けるに足る剣であることは、保証されているよ」
その言葉は、まるで光そのもののように澄んでいた。
理想的で、誠実で、誰かを見下すことのない評価。
まさに――“理想の王子”の在り方。
柚葉は、改めてルシエルを見る。
(……ほんとに、完璧王子様すぎない……?)
そして。
泣きながら顔を上げたその人が、再び深々と頭を下げる。
「この身、この剣、この命――聖女殿と王子殿下のため、最後までお守りいたす所存でござる!!」
柚葉は、少し引きつつも、苦笑いを浮かべた。
「……えっと。よろしく、お願いします……?」
こうして。
号泣が一段落したところで、その人はぐっと拳を握り、背筋を伸ばして姿勢を正した。
涙の跡は残っているが、背筋は相変わらず真っ直ぐ。
そこに立つ姿は、やはりどう見ても――絵になる。
長い髪がさらりと揺れた。
青みを帯びた銀髪は、この国では滅多に見ない色。
月光を溶かしたような光沢が、紋付袴の装束と不思議な調和を見せていた。
「失礼、取り乱したでござる」
咳払いひとつ。
「某の名は――ヒジカタ・ソウシと申す」
ぴしりと胸に手を当てる所作は凛々しい。
……凛々しいのだが、指先はやけに白く細く、所作の端々から育ちの良さがにじんでいた。
「迅月衆頭領リュウゲツ殿の縁により、此度は聖女殿、ならびにルシエル殿下の護衛を仰せつかったでござる」
言葉遣いは完全に武士。
声も低めに抑えられている。
しかし語尾がほんのわずかに柔らかく跳ねるせいで、どうにも“完璧な侍”にはなりきれていない。
柚葉は、ぱち、と瞬きをした。
(……ヒジカタ……ソウシ……?)
その瞬間、脳内で歯車がガチャリと噛み合う音がした。
(あ、これ……完全に、あれだ……)
その横で、ルシエルが静かに、そして容赦なく補足する。
「正式には――ローゼンクロイツ伯爵家」
淡々と、逃げ道をふさぐような声音で。
「本名はユーフェミア・ル・ローゼンクロイツ嬢」
「…………」
柚葉の思考が、ふわっと宙に浮いた。
(えっ? 伯爵家の……令息……? え、いま“嬢”って言った??)
虚ろな視線が、紋付袴 → 刀 → 鉢金 → 青銀色のポニーテールと順番に往復する。
よく見れば、その髪は丁寧に結われ、後れ毛ひとつない。
睫毛は長く、肌は妙にきめ細かい。
(……誰も止めなかったの……? そもそもユーフェミアって名前、女の子以外ありえなくない? それも相まってヒジカタ・ソウシ……?)
柚葉が内心で盛大に混乱していると、ヒジカタ――もとい、ユーフェミアは、その視線に気づいたらしく、誇らしげにこくりと頷いた。
「左様!」
どん、と胸を張る。
……その瞬間。
布越しでもはっきりわかる、男装にしてはどう考えても自己主張が強すぎるふくらみが、前方に存在感を放った。
(……気のせいじゃないよね? ニャルディア並みに確実に“ある”よね?)
しかも本人はそれを隠す様子もなく、むしろ堂々としている。
「武を志す者に、性別は関係ござらぬ! それに、この姿の方が、某は心が落ち着くのでな!」
えへん、と胸を張る仕草が、どう見ても“自信満々な令嬢”のそれだった。
柚葉は思った。
(……この人、強いだろうし真面目そうだし、たぶんすごくいい人なんだろうけど……)
――絶対、ツッコミ役が必要なタイプだ。
「某が幼少の頃――この国に、遥か東の世界より“まれびと”殿が来訪されたと、家に伝わっておるでござる」
その声は、急に語り部調になる。
「その客人は、異界の国――“日本”と呼ばれる地より来た武人にして学者」
柚葉の肩が、ぴくりと跳ねた。
(日本……!?)
「彼は、自らの国に存在した剣士集団《新選組》の記録を、書物として残したのでござる」
誇らしげに続く。
「その書は、ローゼンクロイツの家宝。代々、誰にも理解されぬまま、書庫の奥で眠っていた――」
そこで、きらり。
ヒジカタ――もとい、ユーフェミアの瞳が、少年のように輝いた。
「だが、某は違ったでござる!」
「……でしょうね」
ルシエルの小声が、的確に刺さる。
「忠義を重んじ、己の信ずる“誠”のために剣を振るい、命を賭して仲間と背中を預け合う――」
拳を握りしめ、熱を帯びた声で。
「これぞ、某が求めた生き様! これぞ、侍!!」
柚葉は、もう笑うしかなかった。
(……すごい熱量……! でも、笑いすぎてごめん、でも……笑うしかない……!)
「……あの」
「はいでござる!」
「周りの人は……その……なんて言ってたんですか?」
一瞬の間。
ヒジカタ――もといユーフェミアは、すっと視線を逸らした。
「…………?」
首を傾げる。
「『意味がわからない』『なぜ突然その装束なのか』『せめて姫騎士になれ』……などでござるが?」
きょとん、とした表情に、どこか可愛らしい熱量が残っている。
「某には、理解できぬでござるな!」
柚葉は、そっとルシエルを見る。
ルシエルは、遠くを見つめるような柔らかな目で微笑んでいた。
「……彼女が剣を取った理由を、誰も否定できなかったんだ」
その声には確かさと優しさが混ざり、静かに胸を温める。
「だからこそ、“止められなかった”」
(止める気、あったんだ……)
柚葉は心の中でそっと突っ込む。
こうして。
伯爵家令嬢にして侍オタク、名乗りだけはヒジカタ・ソウシという、極めて扱いにくく、しかし間違いなく“最強格”の護衛を加え。
馬車の中でルシエルと肩を並べたときのドキドキ感を思い出し、柚葉の胸がほんのり熱くなる。
そして、ふと視線を下げると――ルシエルの手が、ほんの少しだけ彼女の手に近づいていた。
触れそうで触れない距離。指先がかすかに空気を押し分ける。
(……近い……だけど……届きそうで、届かない……)
鼓動が早まるのを感じながら、柚葉はそっと息を整える。
ルシエルもまた、わずかに手を傾け、そっと柚葉の手の存在を意識しているようだった。
言葉にせずとも交わる思い――温かさと緊張が、指先の距離にぎゅっと凝縮される。
隣で微笑むルシエルの手のぬくもりを、まだ触れてはいないのに、柚葉ははっきりと感じていた。
――こうして二人は、まだ言葉にしなくても、静かに心を通わせながら、旅路の不安と賑やかさを迎え入れていくのだった。




