第66話 任務の名の下で縮まる距離、そして現れた異質なる最強剣士
大聖女リディアーヌ・ルミナリアの召喚の儀が終わり、荘厳な祈りの余韻がまだ大聖堂に残る中――
柚葉は、ルシエルと並んで外へと歩き出していた。
高い天井。
淡い光を帯びたステンドグラス。
そして、胸の奥に残る星のざわめき。
これから向かうのは、かつてオークジェネラルが暴れ、虚邪の穢れに深く汚されたクンナ村。
本来なら、ニャルディアやブレンナ、アンバリーフ、そしてルシエル騎士団の面々が随行するはずだった。
けれど。
「……虚邪の反応が聖セラフィード大森林に色濃く出ている以上、近くにある慈光院の守りを薄くするわけにはいくまい」
レオハート陛下の声は静かで揺るぎなく、だからこそ、ひんやりと締めつけられるようだった。
結果。
柚葉とルシエル、二人だけで向かうことが決まった。
(……ふ、二人だけ……)
柚葉は歩きながら、掌をぎゅっと握りしめた。
それ事態は、嬉しい。だからか、胸の奥がじんわり熱を帯び、頬まで赤くなる。
任務。
王子みずからかって出た護衛、その対象。
わかっているはずなのに、隣にいるルシエルとの距離が、いつもよりずっと近く感じられる。
(だ、だめ……! これはお仕事……聖女としての初めての務め……なんだから)
ちら、と横を見る。
ルシエルは穏やかな横顔で前を見つめている――ように見えた。
けれど、彼の手元がわずかに動き、袖が触れ合った瞬間、柚葉の心臓が跳ね上がった。
ふと手のひらの間に、かすかに温かさを感じる。
――え? ルシエルも意識して……る?
「……とはいえ」
ルシエルの声は、柔らかくも少し落ち着かない色を帯びていた。
「このまま二人きり、というわけでもないらしい」
「……え?」
思わず声が漏れた。
ルシエルは視線を回廊の奥へ向け、軽く息を吐く。
「どうやら……父上が、“相当に強力な護衛”を用意したみたいだね」
「?」
柚葉は首をかしげる。
(ルシエルが、こんな言い方をするのって……珍しい?)
その疑問が頭をかすめる前に、回廊の一角、そこに。
空気が明らかに異なる存在が、静かに立っているのを感じた。
その影が、陽光の下で微かに揺れる。
柚葉の手は、無意識にルシエルの掌に触れたまま。彼の手のぬくもりが、心臓を震わせ、緊張を熱に変える。
隣にいるルシエルの体温、落ち着いた呼吸、掌に伝わる軽い圧。
すべてが、まるで二人だけの世界をつくっているかのようだった。
けれど、回廊の奥、影の存在を思い出すと、胸の奥でひんやりとした緊張が生まれた。
甘さと危険。二つの感情が、手のひらのぬくもりを通して、静かに絡み合っていく。
そこに立っていたのは、水色と白を基調とした、紋付袴の着物。
動きやすく整えられたその装いは、王城の回廊ではまるで異質で、空気が違和感に染まる。
腰には反りのある大小二振りの剣が揃い、背筋はぴんと伸び、一切の無駄がない立ち姿。
長く青銀色の髪を高く結い上げ、額には柚葉だけが読める「誠」の文字――鉢金が光を受けて微かに揺れる。
――美丈夫。
しかも、見た目の凛々しさだけではなく、空気そのものが、ガルディウスにも似た誰も敵わぬ強者感を告げている。
柚葉は思わず立ち止まり、視線が釘付けになった。
(……え? え??)
脳内がざわつく。ルシエルの隣に、さらなる美丈夫。
(イケメン……イケメンが二人……? な、なにこの急展開……王城、乙女ゲームみたいになってない……?)
その美丈夫は、二人に気づくと、音も立てずに一歩前に出た。
背筋の伸び方、歩き方、手の動かし方、すべてに無駄がなく、武を生業とする者の存在感を否応なく感じさせる。
柚葉の手は、いつの間にか隣のルシエルの手に触れていた。
その微かな温もりが、緊張と甘さを同時に伝えてくる。
新たな護衛――それもルシエルに匹敵するイケメン。そして視線や立ち姿から漂う威厳が、胸の奥をざわつかせる。
「――某、迅月衆頭領リュウゲツ殿の命を受け、この身、護衛として馳せ参じたでござる」
足を揃え、背を正し、右こぶしを胸に当て、深く礼をする。
その所作は、あまりに隙がなく、あまりに完璧。
柚葉は、一瞬、息を飲み、言葉を失った。
しかし、ルシエルの手のぬくもりに再び意識が戻る。
甘くて、どこか緊張する。この世界の中で、自分は二人の貴公子の間に挟まれている――そんな感覚が、胸の奥でじんわりと熱を帯びていった。
そして次の瞬間、頭に浮かんだ疑問が、そのまま口をついて出た。
「……なんでこの世界に、新選組の衣装を着た侍がいるの?」
静寂。
回廊の空気が、ぴたりと止まる。
柚葉は(あ、やば……)と顔を手で覆いたくなるほど思ったが、もう遅かった。
しかし――
その言葉を浴びた“イケメン剣士”は、ゆっくりと顔を上げ、両目をぱっと輝かせた。
そして――満面の笑み。
春の陽光が差し込むように、ぱああっと世界を明るくする笑顔だった。
「な、なんと……!」
次の瞬間、その人はずい、と一歩前に出る。
「聖女殿は――侍を……しかも新選組をご存じでござるか!!」
「え、あ、うん……知ってる、けど……?」
戸惑う柚葉を前に、その人の瞳はまるで宝石のように輝きを帯びる。
「しかも……某を“侍”と言っていただけるとは……!」
声が震え、肩まで震える。
次の瞬間。
「う、うおおおおおおぉぉ……!!」
号泣。
文字通り、涙がぼろぼろこぼれ落ちる。膝をつきそうな勢いで、感情を全身で吐き出す。
「某は……某は……っ! この装束を着るたびに、『それは何だ』『奇妙だ』『仮装か』と言われ続け……!」
「え、えぇ……」
柚葉は、言葉も声も出ないまま固まる。
「それを……それを……侍と……侍と……!!」
拳を天に突き上げ、震える声が回廊に響く。
「生きていて……よかったでござるぅぅ……!!」
その瞬間、柚葉は完全に唖然としていた。
(え……え、泣くポイント、そこ……?)
さっきまでの“イケメン×イケメン眼福!”な思考は、跡形もなく吹き飛んでいた。
そして、ルシエルの手の温もりに意識が戻る。
手が触れる距離の安心感と、その人の異常なテンションの対比で、胸の奥がくすぐられるようにざわついた。
(ちがう……想像してた護衛と、ちがう……)
その横で、ルシエルが静かに、しかし確実に――小さな溜息をついた。
「……やはり、こうなったか」
その声は柔らかく、穏やかで、誰が聞いても非の打ちどころのない“王子の声”。
ルシエルは、泣き崩れるその人を一瞥し、困ったように、しかしどこか諦観を帯びた微笑を浮かべた。




