表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
模型女子の異世界聖女ライフ ~推し活するつもりが、気づけば私が推されてたんですが!?  作者: Ciga-R


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/45

第6話 黒髪の乙女は、世界を癒して愛を知る


 戦場に、しばしの静寂が訪れた。


 オークジェネラルの巨体が崩れ落ち、赤い炎が灰に変わっていく。


 体がふらつき、重力に引きずり込まれそうになる――それでも柚葉は、膝をつくまいと立ち続けた。


 呼吸が荒い。視界が揺れる。


「……ル、シエル……さ......ま……」


 喉の奥から漏れるかすれ声。


 それでも、彼女の瞳にはまだ――“助けを求める誰か”を見ていた。


 倒れた村人たち。


 焦げた家々。


 泣き叫ぶ子供を抱きしめる母親。


 その光景が、胸の奥を締め付ける。


(……まだ……まだ助けを求めている……誰かが死ぬなんて、いや……)


 力が抜ける指先に、ふと――温かな風が触れた。


 黒い髪がふわりと揺れる。


 次の瞬間、髪先から無数の黒い蝶がふわりと舞い上がった。


 夜明けの星々のような柔らかい光が、柚葉の身体を包み込む。


 それはまるで、夜空に流れる黒い流星が、世界に命を還していくかのようだった。


「な……んだ、この光は……」


 ルシエルが息を呑む。


 黒髪のひとふさ一房が、淡く金の輝きを帯び、空気中に舞う黒の蝶が彼女の周囲を巡る。


 まるで黒蝶そのものが、彼女の祈りに応えているかのようだった。


 やがて、蝶は波となり、人々の傷へそっと降り注ぐように触れ、銀の星光が淡くこぼれ落ちると、痛みも怪我も、疲労さえも雪のように溶かしていく。


「いた……いの、が……なくなった……!」


「腕が、動く……!」


「……あの娘が……癒している……!」


 老人の傷が消え、子供の涙が止まる。


 騎士たちの深く傷ついた腕が癒え、血の跡が黒き光の粉となって消えていく。


 それは――聖なる奇跡。


 しかし、その奇跡の中心で、柚葉の顔色が、ゆるやかに色を失っていった。


「だめだ、もうやめろ! それ以上は――!」


 ルシエルがもどかし気に柚葉の方を優しくゆすぶる。


 だが、柚葉は微笑んで、首を振った。


「……だいじょうぶ……あたし……こういうの、慣れてる……“締め切り前の徹夜”とか……」


「そんな冗談を言ってる場合じゃない!」


 光が一瞬、はじけ、癒しを終えた蝶たちは、ひとひらの光にほどけるように静かに消えていく。


 眩い輝きの中で、柚葉の身体から力が抜けた。


 ルシエルが、即座に抱きとめる。


「ユズハっ!」


 その腕の中で、彼女のまつげが震えた。陽の光が、彼女の黒髪に反射して、まるで天上の水面のように煌めく。


「……よかった。みんな、無事……だね……」


「君が……君が、救ったんだ」


 ルシエルの声は、震えていた。


 彼の手が、彼女の頬に触れる。指先に伝わる熱が、切ないほどに確かな命の証だった。


「もう二度と……こんな無茶はしないでくれ」


「……ごめん。でも、放っておけなくて」


 柚葉の唇が、かすかに笑った。


 その笑みがあまりにも儚げで、ルシエルの胸が軋む。


 彼は、そっと彼女の額に触れた。


 黒い髪に指を滑らせながら、静かにささやく。


「――君のその黒は、やはり、神の祝福だ」


 陽光が二人を包み、焦げた村の跡地に、柔らかな風が吹いた。


 光の粒が青空に還り、淡く金の陽光が差し込み、風が焦げ跡の上を優しく撫でていく。


 瓦礫の間からは、まだ煙が立ちのぼっている。


 その中心で、ルシエルはそっと膝を曲げ、柚葉をそれは優しく抱え上げた。


 彼女の黒髪は光を受けて、淡く透けるように揺れる。


 癒しの聖光が残した金の粒子が、まだ空気の中を漂っていた。


「……ルシ......エル様……」


 柚葉の唇が、かすかに動く。


「……あたし……重くないですか……?」


 ルシエルは思わず、ふっと息を漏らした。


 緊張と安堵の入り混じった、優しい笑み。


「……重いな」


 意識の底に沈みそうになっていた柚葉の瞳が、その言葉でぱちりと開く。


「……えっ」


 ルシエルは少しだけ目を細め、彼女の額に落ちる黒髪を指でそっと払った。


「――僕の心に、だ」


 それは、炎の跡に吹く風のように柔らかく、けれどどこか切なさをはらんだ声だった。


「君が倒れた瞬間、世界が止まった気がした。……それくらい、重い」


「……ずるい言い方です……」


「そうか?」


「……王子様がそんなこと言うの、ずるいに決まってます」


 柚葉の声は微かに震えていたが、その表情には安堵の色がにじんでいた。


 ルシエルは小さく息をつき、彼女の指先を握る。


「もう……無茶はしないと、約束してくれ」


「う……うん……気をつけます……次からは、たぶん……」


「“たぶん”じゃない」


「そ、それは前向きな“たぶん”ですっ」


 ルシエルの眉がわずかに上がり、そして苦笑した。


「……全く。君という人は……」


 その声音には叱責よりも、深い安堵が混じっていた。


 彼はそっと柚葉をしっかりと抱き直す。


 空気が、少しずつ温かさを取り戻していく。


 風が二人の間を抜け、金と黒の髪をやわらかく揺らした。


「――君なら、何度でも抱きとめる」


 その言葉に、柚葉のまぶたがゆっくりと落ちていく。


 最後に、微笑むように小さく呟いた。


「……じゃあ……もう一回だけ……お言葉に、甘えますね……」


 眠るように彼の胸に寄り添う柚葉。


 ルシエルはその黒髪を撫でながら、淡く笑った。


「……ああ。一回と言わず何度でも甘えればいい」


 白い霧の中、光の粒が天へ昇っていく。


 戦火の跡に残されたのは、――癒えた傷と、ひとつの約束。


 それは、黒髪の少女と陽光の王子が交わした、最初の約束だった。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ