第56話 たとえ聖女と呼ばれても、あなたの「支える」が世界のどんな光より力強かった
その想いに呼応するように、すぐ背後で気配が動いた。
ルシエルだった。
彼は一歩も前へ出ず、けれど確かな距離で柚葉の背を守る位置に立ち、静かに口を開く。
「――念のため、誤解のないように」
澄んだ声が、玉座の間に落ちる。
「彼女は“戦うための駒”ではありません。力を誇示するための存在でも、誰かの好奇心を満たすためのものでもない」
一瞬、場の空気が引き締まった。
ルシエルの視線は穏やかなまま、しかし微塵の揺らぎもなく、ガルディウスを見据えている。
「ユズハが立っているのは、誰かを打ち倒すためじゃない。――守るためです。導くためです」
そう言ってから、ほんの一瞬だけ声を落とす。
「だから……もし彼女に手を伸ばす者がいるなら」
微笑みは、変わらない。
だがその奥に、光の王子としての“絶対的な意思”が宿った。
「ボクが、必ず一番に支えます。それが王子としてであろうと、一人の人間としてであろうと――変わりません」
その言葉に、柚葉の胸がじん、と熱くなる。
(……ああ、もう……)
言葉にしなくても、伝わってしまう。
(こんなふうに守られたら……前に進むしか、なくなるじゃない)
その空気を、ふっと切り裂くように。
「……なるほど」
低く、含みのある声が落ちた。
ガルディウスだった。
彼は腕を組み、口元に不敵な笑みを浮かべながら、ルシエルと柚葉を交互に眺める。
「星雫の聖女が“特別”なんじゃない――その隣に立つ覚悟を、迷いなく口にできる王子がいるから、特別に見えるんだ」
その瞳が、今度はまっすぐルシエルを射抜く。
「守ると決めた顔をしていやがる。しかも、それを誇りにもせず、当然みたいに言いやがるとはな」
くつくつと、楽しげな笑いが喉の奥で転がった。
「いいじゃねえか。実にいい」
そして、ほんの一瞬だけ視線を柚葉へ戻す。
「なら安心だ。その聖女は――無理に前へ押し出されるんじゃない。“進みたくなる場所”へ、ちゃんと連れて行ってもらえる」
戦いを愛する男の言葉にしては、珍しいほど静かで、真っ直ぐな評価だった。
王国の重鎮たちがどよめき、レオハート王はその様子を見て、わずかに苦笑を浮かべながら息をついた。
「……お前は本当に、こういう時だけは楽しげだな、ガルディウス」
大聖女は静かに微笑む。
柚葉に向けて光を湛えた瞳をそっと向けながら。
「――さあ。星降りの巫女の誕生を、ここに正式に刻みましょう」
玉座の間の天井が瞬き、星光が降り注ぎ、ユズハの足元へ集い、光の紋章を形づくる。
その光が柚葉を包み、彼女の名はこの瞬間、王国に確かに刻まれたのだった。
その中心に立つユズハは、まるで空から降り立った光の天女のように見えた。
レオハート王は一歩前へ出た。
冒険者時代の鋭さと、王の温かさが溶け合った金の瞳が、まっすぐに柚葉を射抜く。
「大聖女がそう告げるのであれば、我らが国はその導きを受け入れよう」
その声が響いた瞬間、広間の空気が変わった。
「星雫の聖女、ユズハ・スターリィティアよ。そなたはこの王国に必要な“光”――虚邪の闇へ踏み込む唯一の鍵である」
胸の奥が、きゅっと小さく震えた。
(……あたしが、光。あたしは――もう誰も、傷つけたくない。冷夏で苦しむ人も、雨で実りを失った家族も、怖い思いをしたあの子たちも。一人でも多く……救いたい)
逃げる理由なんてもうない。
柚葉は深く息を吸い込み、膝を折って頭を下げた。
王はその様子を見つめ、穏やかに目を細める。
「ふむ……その震え、恐れではないな。覚悟の色だ」
その瞬間、柚葉のすぐ後ろに立つルシエルの気配が、ふっと揺れた。
彼は視線を伏せず、ただまっすぐ、彼女の背を見つめている。
(ユズハ……)
光の王子としての静かな威厳と、ひとりの人間としての優しさが、息づかいににじんでいた。
(――大丈夫。ボクが必ず支える。どれほど先が暗くても……君が光であろうとする限り、ボクは隣にいる)
真名のことも、禁忌も、彼自身の気持ちさえも横に置き、ただ“支える”と決めた者のまっすぐな想いだけがあった。
王は片手を掲げ、宣言する。
「ここに宣言する。星雫の聖女・ユズハ・スターリィティアを、ヴァルハイト聖王国が正式に保護し、その歩みを支えると」
重鎮たちが一斉に頭を垂れ、広間に荘厳な空気が降りる。
柚葉は胸の奥で小さな光が燃えるのを感じた。
(……あたし、やる。あたしの力なんて小さいかもしれないけど、それでも――誰かの明日を取り戻せるなら、何度だって)
すると、背中に柔らかい視線を感じた。
振り返ると、ルシエルが見つめていた。深く、揺るがなく、優しく。
「ユズハ」
光の王子の声は、透明であたたかい。
「これから先、どんな試練が来ても……ボクが傍にいるよ。君ひとりに重荷を背負わせたりしない。君が救おうとするもの、その全部を――ボクも一緒に支える」
胸がじん、と熱くなった。
あたしは、そっと小さく頷く。
(……ルシエル。あたし……あなたに支えてほしい。一人じゃ届かない場所まで、一緒に行きたい)
その瞬間、ふたりの間に淡い星光が漂った。
まるで祝福のように、そっと、静かに。
大聖女は星杖を胸の前で組み、大きく宣言した。
「――この娘こそが、虚邪の深淵へ至る“運命の径”を照らす者。星々に名を刻まれし聖女……道導の光となりましょう」
星の光が天井高く昇り、大聖堂のすべてが一瞬だけ白く輝いた。
これが、柚葉が世界に“存在を示した”瞬間だった。




