第55話 星雫の聖女、世界に名を刻む――王国が見届けた、運命の始まり
大聖女の祈りが終わると同時に、神託の間を満たしていた星光はゆっくりと静まり、扉の向こう――広い謁見の広間から、重々しい気配が流れこんできた。
「……参りましょう。これより“世界”へ、あなたの名が示されます」
大聖女の声に導かれ、ユズハとルシエルは神託の間を出る。
扉が左右へ開かれた瞬間――無数の視線が二人に向けて突き刺さった。
王族、神殿幹部、騎士団、魔術院、貴族家の長たち、それに連なる子息、令嬢たち……。
ヴァルハイト聖王国の中枢が一堂に会していた。
その最奥で、王国の象徴――現国王レオハート・レガリア・ヴァルハイトが獅子の威厳をまとって立ち上がる。
彼の両隣に、第一王子アーシェス、第二王子ガルディウス。
その視線もまた、柚葉へ向けられていた。
大聖女リディアーヌが一歩進み出ると、玉座の間に張りつめた空気が、さらに静かに、さらに重く研ぎ澄まされていった。
白金の法衣に宿る星々が、天井の水晶灯よりも静かに輝き、彼女の言葉が発せられる瞬間を待ち望んでいるかのようだった。
大聖女が進み出ると、広間全体がすっと静寂に沈む。
星杖を掲げ、大聖女は堂々と告げた。
「――聖王レオハート陛下。並び立つ王子殿下方、王国の諸賢よ。この場において、私は正式に宣言いたします」
星光が、彼女の周囲に淡く渦を巻く。
静かなのに、圧倒的な神意をまとった声が降りそそぐ。
「異界より来たりしユズハは――星に選ばれ、神獣に結ばれ、王子ルシエルの魂の光により“三位の輝き”を満たす聖女」
柔らかく、それでいて全てを貫く声。
「わたくしはここに、星々の導きにより選ばれし巫女――《星雫の聖女・ユズハ・スターリィティア》を正式に認め、その存在を王国に明らかにすることを宣言いたします」
ざわり、と空気が揺れた。
レオハート王は深く眉を上げたものの、その眼差しは王者らしく鋭く、しかしどこか安堵を含んでいた。
第一王子アーシェスは、わずかに息を整え、静かに瞳を閉じた。
氷の刃のように澄んだ横顔は、一見するといつも通りの冷静さを保っている。
だが、その沈黙の奥で――
長く追い求め、ようやく触れた真実の光に反応するように、胸の奥底で赤い火がひとつ、静かに燃え上がる。
その火は王族としての使命か、それとも、異界の少女ユズハをひとりの“人”として見てしまった瞬間に芽生えたものなのか。
アーシェス自身にも、まだ判別できない。
彼は一呼吸おいて、ゆっくりと目を開いた。
氷のように透き通ったまなざしがユズハを捉える。
表情は揺れず、声も常のように冷ややかで整っていた。
――それでも、その瞳の奥には確かに熱があった。
「……星雫の聖女。あなたの存在が、我が国の均衡をどう変えるのか――興味深い」
それは王子としての言葉。
だが、その温度だけは抑えきれなかった。
凍てつく静謐の下、アーシェスの内で燃える炎が、静かに形を得ようとしていた。
そして。
第二王子ガルディウス――
豪胆を絵に描いたような戦好きの王子は。
「……ほぉ?」
大聖女の言葉が終わらぬうちに、唇の端をゆっくりと釣り上げた。
その笑みは、驚愕よりも遥かに鮮やかで、獲物の気配を見つけた獣よりも楽しげで、強者との出会いを前にした武人の本能そのものだった。
「まさか、こんな“面白ぇ報せ”が聞けるとはな」
ガルディウスは玉座の間に響くような低い笑い声を漏らす。
「星雫の……ユズハ・スターリィティア、だと? 星々に選ばれた星降りの巫女。神獣に認められた者。それに――大聖女様がここまで断言するほどの“力”を持つと?」
その視線が柚葉へと向いた。
一瞬で斬り伏せられたような鋭さと、同時にどこか嬉しげな、昂ぶりすら含んだ眼差し。
(……ちょ、ちょっと待って!? なにこの人……目が完全に“強い相手見つけた!”って顔してるんだけど!?)
胸の奥がひくりと跳ねる。
(あたし、別に最強になりたいわけじゃないし! 一人で戦えるほど強いわけでもないし! 星とか神獣とか言われてるけど、実際は――)
ぎゅっと、指先に力がこもる。
(……絶対、あたし一人の力じゃ無理。みんながいて、支えてくれて、やっと立っていられるだけなのに……)
そんな内心など知る由もなく、ガルディウスは楽しげに口角を吊り上げた。
「ははっ、いい。実にいい。この王国に新しい《伝説の種》が来たってわけだ」
アーシェスが横目で弟を睨む。
「ガルディウス。お前は少し静かに――」
「兄上こそ固すぎんだよ。“王国最強”の王子が、新たな強者の誕生に笑わずにいられるか?」
ガルディウスは堂々と胸を張る。
「星雫の聖女・ユズハ・スターリィティア。いつかお前の“力”を、この目で確かめる機会があるといいな」
挑むような声音。
しかしそこには敵意ではなく、純粋な興味と期待が満ちていた。
(……この人、絶対「模擬戦」とか言い出すタイプだ……! やだ、怖い、でも……)
ちらりと背後を意識する。
(あたしは、一人じゃない。ルシエルも、アンバリーフも、みんないる)
その想いに呼応するように、すぐ背後で気配が動いた。




