第53話 星の光に触れる手――近づく想いと、始まりの予感
星光が静かに脈打つ神託の間で、リディアーヌ大聖女はゆっくりと柚葉へ歩み寄った。
まるで光そのものが人の形を取ったような、静かで神秘的な佇まい。
近づくほどに、胸の奥がふるりと震える。
怖いわけではない――むしろ、あたたかい泉に触れたときのような感覚だった。
「ユズハ。あなたは自覚していないでしょう。ですが――すでに“目覚め”は始まっています」
「……めざめ……?」
柚葉の声は、自然と小さくなった。
ルシエルがそっと一歩寄り添い、彼女の背を支えるように立つ。
まるで「どんな答えでも共に受け止める」と言っているみたいで、胸がくすぐったく、そして切なくなる。
リディアーヌは、柚葉の胸元――心臓の上に、光を落とすように視線を向けた。
「星の聖女とは、祝福を受けた者ではありません。“星と結ばれた者”です」
「……結ばれ……?」
「ええ。星々の流れ――運命そのものが、あなたに触れている。あなたが歩むたび、未来は微かに揺らぎ、本来は訪れぬはずの“光”や“縁”が生まれている」
「縁……」
その瞬間、ルシエルの指がほんのわずか動いた。
柚葉の袖を、そっとつまむように触れる。
本人は意識していないのかもしれない。
けれどその仕草は、柚葉の胸をひどく熱くする。
(……ルシエル……あなたとも“縁”が……?)
思っただけで、胸がどくりと跳ねた。
誤魔化すように視線を落とすと、大聖女はすべてを見透かしたように微笑む。
「王子とあなたの“繋がり”は、星々さえ驚くほど強い。たとえあなたが異界より現れようと……いいえ、だからこそ結ばれたとも言えるでしょう」
「ぼ、ボクとユズハは……」
ルシエルがわずかに頬を染め、言葉を失う。
それが珍しいのか、リディアーヌは柔らかく目を細めた。
「心配しないでください、ルシエル王子。これは恋に落ちたから結ばれたのではなく――“結ばれているから、惹かれた”のです」
柚葉の心臓が大きく跳ねた。
星が結んだ縁。
それは運命という言葉より、ずっと重くて、ずっと甘い。
(……でも、あたし……あなたより年上で……)
胸に刺さる秘密は、さらに痛みを増す。
だけど、その痛みすら光で包み込むように、リディアーヌは続けた。
大聖女はそっと目を細め、静かに柚葉へと歩み寄った。
その足音はまるで聖光が揺れるたびに生まれる鈴の音のようで、空間そのものが息をひそめる。
「ユズハ。あなたの中には――“三つの光”が流れています」
「……三つ、ですか?」
柚葉が思わず問い返すと、大聖女は微笑を深めた。
慈しみに満ちた表情は、不安さえもそっと溶かしてしまいそうだった。
「ひとつは――すでにあなたが知る、神獣アンバリーフと結んだ真なる絆。魂と魂を結ぶ、古より最も尊い契約です」
言葉とともに、柚葉の足元に淡い蒼の光が揺れた。
アンバリーフの息づかいが、胸の奥でそっと寄り添う。
「そして、もうひとつは……」
指先が柚葉の胸元へと近づく。
触れずとも、星光がふるん、と震え、柚葉の黒髪を静かに照らした。
「星が選ぶ、“導きの光”。未来の道筋そのものを見る力――星の聖女だけに許された、希少にして危うい力です」
言葉が落ちるたび、部屋の空気はさらに透明度を増していく。
「そして……最後のひとつ。あなたがこの世界に来る前から持っていた、あなた自身の“原初の加護”」
大聖女の瞳に、驚きとともに、柚葉を認めるような静かな光が揺れた。
「模型神。想いを込めて作った“模型”を、真なる姿としてこの世界に顕現させる力。それは創造の分霊――神々の系譜にすら届き得る、極めて稀なる才能です」
「あたしが……そんな……」
柚葉は息を呑んだ。
あまりに現実味がなく、けれど胸の奥では確かに“何か”が応えているとわかる。
「三つの光はどれも強く、そして深い。だからこそ、あなたは――この国を導く鍵となる」
大聖女は穏やかに言う。
厳しい宣告ではなく、未来への手を差し伸べるような声音で。
「ユズハ。あなたが歩めば、星は道となり、神獣は力となり、創造は未来を形づくる。この世界が抱える闇に、光を灯すのは……あなたなのです」
その瞬間、柚葉の胸の奥で、三つの光が重なるように温かく脈打った。
アンバリーフの息づかい。
星のきらめき。
そして、ずっとそばにあった“自分だけの力”。
それらがひとつの形を思い描く――まだ遠いけれど、確かにそこにある未来を。
大聖女は、柚葉の胸へそっと指先を伸ばす。
触れずに、ただ近づけるだけで、星光がふるりと反応した。
「星が選ぶ、“導きの光”。あなたは――未来の道筋そのものを、手に取る力を持っている」
「未来……を……?」
「ええ。あなたが決める一歩は、ただの選択ではありません。世界の流れをわずかに変えるほどの、力を秘めている」
柚葉は思わず息を飲む。
そんな大層なものを持っているなんて、信じられなかった。
「あ、あたし……そんな……。ただの……普通の……」
模型とアニメが好きな、どこにでもいそうなオタク女子。
そんな自分に、世界を揺らす力だなんて――。
リディアーヌは、静かに首を振った。
「“普通の人”だからこそ、光はあなたを選んだのです。あなたの優しさも、迷いも、恐れも……すべてが“ひとの心”そのもの。だからこそ――影に囚われず、光を選べる」
その言葉は、柚葉の胸に深く届いた。
ルシエルがそっと、彼女の横に立つ。
その瞳はまっすぐで、揺らぎがない。
「ユズハ。ボクは君の力がどうあろうと……君自身を信じているよ。星が選んでも、神獣が選んでも……ボクにとっては、それ以前に君が君だから」
その声音は、温度を持つ光のようだった。
(……そんなふうに言わないでよ……。どうしよう……もっと……好きになっちゃう……)
胸の奥で小さく震える想いを抱えながら、柚葉はそっと息を吸い込んだ。
リディアーヌが、静かに宣告する。
「星の聖女よ。――これより、あなたに“真なる名”が告げられます」
星の海が大きく揺れた。
運命が、ひらりとめくられる音がしたような気がした。




