第43話 黒蝶より『ピーラーってなに!?』と驚かれ、豪快鍛冶屋が覚醒した件
シスター達も深く頭を垂れ、子供たちは目を輝かせて寄ってくる。
「ねえねえ、また蝶だせる?」
「ぼくも見たい!」
期待にきらきら輝く子供たちの目。
柚葉の胸の奥で、黒い加護がかすかに脈動した。
(……こんなふうに使えるなら……嬉しい、かも)
けれど。
「……って、ちょ、ちょっと待って!」
柚葉は両手を大きく振った。
「え、えっとね……だからって、”わざと怪我するのは絶対ダメ”だからね!」
「えっ……」
「……ダメ?」
「ダメです!」
柚葉がぷるぷると力説するのに合わせて、近くにいた年配のシスターもそっと前に出て、やわらかく微笑んだ。
「そうですよ。傷は、癒されるために負うものではありません。あなたたちの身体は、ひとつしかないのですからね」
子供たちはしゅん……とうつむきかけたが、若いシスターが優しく頭を撫でた。
「でも、怖かっただろうに、よく頑張ったね。蝶さんは“助けたい時だけ”来てくださるの。だから呼ぶために怪我しちゃだめなの」
「……そっかぁ」
「じゃあ……怪我しないで見れる方法は……?」
「それは……」
柚葉は一瞬困って口ごもり――少し考えてから、笑顔で言った。
「みんなが元気で、安全に過ごしてたら……そのうち“いいこと”が起きるかも?
黒蝶さんは、必要なときにだけ来るみたいだから」
「そっか! じゃあ元気にする!」
「うん! 怪我しないで待つ!」
明るさを取り戻した声に、柚葉は胸をなでおろす。
ルシエルはそんなやり取りを微笑ましそうに見つめながら、静かに呟いた。
「……君はやっぱり、優しいな」
黒い蝶の余韻が消えた厨房には、子供たちの笑顔と、昼の光と、温かい空気だけが残っていた。
「わぁ……すごい……!」
「おねえちゃん魔法使いだ!」
子供たちは無邪気に喜ぶが、柚葉は涙目。
(危なすぎるよ……もう……!)
それと同時に思う。
(……いや待って。ピーラーないの!? この世界、野菜むくのに毎回命がけ!?)
思わず叫んだ。
「ブレンナ! ピーラーとかないのっ?」
「ぴーらー? なんだそれ。食う道具か!」
「違う!! 皮をスーッとむける文明の利器!!」
ニャルディアがほわぁっとした目で瞬く。
「スーッと……にゃ?」
ルシエルも興味深く眉を上げる。
「そんな便利な道具、この国では聞いたことがないな」
柚葉はブレンナへぴっと指を向けた。
「作って!」
「は?」
「鍛冶師だから作れるでしょ!? 鉄板切って、小さな刃をつけて、持ち手つければ――」
「簡単に言うなぁ!!? 鍛冶は魔法じゃねぇんだぞ!」
「できるできる。ブレンナなら絶対できる!」
「褒めても無駄だぞォ!? ……いや、できないことはねぇけどよォ……!」
(乗った!!)
柚葉のにっこり笑顔に、ブレンナがぐらりと崩れる。
ニャルディアが肩を揺らしてほわツッコミ。
「あ〜あ……またユズハ様の“文明爆撃”が始まったにゃ……」
そこへ、ルシエルが静かに援護射撃。
「ブレンナ。もし“ピーラー”が作れたら……慈光院での怪我はずっと少なくなる。君の技で、救われる子がいる。頼めるかな?」
ドワーフ娘の目がぎらりと光った。
「そこまで言われたら、やるしかねぇだろォ!! 見てろ! 最高の“ぴーらー”ってやつを仕上げてやる!」
「すごーい!」
「ハンマー姉ちゃんさいこー!」
子供たちが全力で讃える。
柚葉は包丁を握り直す。
その表情は、さっきまでの“テンパり模型趣味女子”ではなく――誰かのために手を動かしたい、一人の女性としての優しい強さに満ちていた。
子供たちの笑顔を確認した柚葉は、ふっと真剣な顔に変わった。
「ブレンナ……だから、ピーラーの製作、早急によろしくね!(圧)」
両手を腰に当て、ぎゅっと視線で迫る。
「えええっ!? お、おう……! 圧……来てるぜェ……!」
ブレンナは顔を真っ赤にして後ずさりし、巨大ハンマーを抱えなおす。
その豪快さはそのままに、少しひるむ様子が子供たちには可笑しく映る。
「……でも、まかせとけ! このハンマーと腕なら、最高の“スーッとむけるやつ”を作ってやるぜ!」
鼻息荒く、ブレンナは再び制作モードに突入。
厨房の空気が、どこか戦場のような熱気で満たされた。
柚葉はにっこり笑い、子供たちにも手を振る。
「ありがとう! 安全においしいごはんが作れるようになるんだから、頑張ってね!」
黒髪の間でかすかに脈動する黒の加護が、またひとつ小さな奇跡を応援しているようだった。
(……できることから、ひとつずつ)
薄い光が差し込む小さな厨房に、野菜の香りと笑い声が満ちていく。
世界はまだ冷たい。けれど、この空間だけは暖かい。
そんな昼が、静かに満ちていった。
ブレンナは鼻息荒く、巨大ハンマーを手に作業台に向かう。
「ふんぬぅ……スーッとむける刃……これを……形に……!」
金属板を叩き、持ち手を固定し、刃を研ぐ。子供たちはその様子を興味津々で覗き込むが、さすがに手伝うには危険すぎる。
「ユズハさま……こんなに本気でやるとは……」
ニャルディアが肩を揺らしてぽつり。
「スーッとむけるって、文明爆撃もここまで来ると芸術の域にゃ……」
柚葉はにっこり笑いながらも、少しドキドキしつつ声をかける。
「ブレンナ、焦らなくていいから。安全第一ね! でも……完成したら子供たちが喜ぶんだから、頑張って!」
ハンマーを振り上げ、金属を叩き続けるブレンナ。汗をぬぐいながら、何度も刃を調整する。
「うおぉ……手加減? そんなもん、俺には存在しねぇ……!」
でも、少しずつ形になっていく刃。やがて、ブレンナは息を切らしながらも両手を高く掲げた。
「……できたぞぉぉぉ!!」
子供たちが駆け寄る。
「わぁーー!! なにこれ!? かっこいい!!」
「スーッとむけるってこういうことなの!?」
柚葉がそっと手を伸ばすと、ブレンナが誇らしげに刃を差し出した。
「ありがとう、ブレンナ! これで安全に、もっと美味しい料理が作れるね!」
黒髪の間で、黒い蝶がひらりと舞い、翅に散らばった星銀の微光が包み込むようにキラリ。
その瞬間、厨房の周囲のシスターたちが小さくざわつく。
「……あの方、また奇跡を……」
「黒い蝶……本当に癒しの加護が現れたのね」
柚葉は胸の奥の黒の加護がかすかに脈動するのを感じ、ふっと微笑む。
(……こんなふうに使えるなら、嬉しい、かも)
そして柚葉は、子供たちに向かって優しく手を広げる。
「さあ、みんなでお昼ごはん作ろう! ブレンナ製のピーラーがあるんだから、もっと楽しくなるよ!」
子供たちの歓声が再び響き、孤児院の厨房に太陽の光と魔法の微光、そして無邪気な笑い声が混ざり合った。
黒い蝶はひらり、またひとつの小さな奇跡を紡ぎながら、柚葉の黒髪の間で揺れた。




