第41話 戦う力がほしい? いえ、子供を笑顔にする魔法で十分です!!
朝の光はまだ淡く、荘厳な空気に包まれているのに、どこか温かく、優しい。
慈光院の中は、質素ながら温かな雰囲気に満ちていた。
その温かい喧騒の中、ふと柚葉は周囲を見渡す。
(……遊具がない。日本の公園みたいなのもない……)
布を丸めたボール、端材の積み木、地面に描いた落書き。
それはそれで楽しそう。でも外の中庭には遊具らしいものが何もない。
走り回るだけでは、少しさみしい。
(……そうだ! 昨夜、胸の奥が“コトリ”と鳴るような感覚があって、九十二式の子とか、ルシエルの神装と違って“消えない召喚結界”みたいなのが出せるって、言葉でなく、意味そのものが脳に流れ込んできたんだ)
「ユズハ、どうしたの?」
「ルシエル。少し、試してみたいことがあるの......」
柚葉は深呼吸をするとそこにひとつの風景が浮かんできた。
女子高時代の放課後、人気のない部活棟の空き部屋に、いつも三人でこもっていた。それが、ささやかな楽しみだった。女子にしてはちょっと変わった趣味を持つルカとひな――そしてあたし。気取らずにいられる、気のおけない友だちと過ごす、誰にも邪魔されない大切な時間。
そう、一緒に笑いながら小さな児童公園のジオラマをつくったんだ。
すべり台も、ブランコも、砂場も、接着剤の匂いと手先に残る小さな傷の感触と共に、放課後の時間をゆっくりと思い描く。
(ねぇねぇ、あのブランコ、こっちに置いた方がいいかな?)
(もうちょい右かも~。ひなの推し角度だから!)
くだらない会話で笑い合った夕焼けが、胸の奥でふっと蘇る。
……二人とも、今も元気にしてるかな。
まさか、あたしが異世界に召喚されて、物語に出てくるような......それは素敵な王子様に胸をときめかせ、しかも魔法まで使っているなんて――きっと話しても信じてくれないよね。
懐かしい日々と友と一緒に作った記憶が、そのまま現実に溶け込むように顕現した。
目の間に広がる不思議な形の上から滑れそうな台やゆら揺らする紐で吊るされた何か、さらさらな砂が敷かれた場所に、子供たちは、目をまんまるにする。
「え……すご……っ」
「お姫さまの魔法だ!」
「な、なに? これなに!? 遊んでいいの!?」
「うわあ......!」
「お姫さまじゃないけど......みんな! いっぱい遊んで!!」
柚葉が笑顔で言うと、子供たちは歓声を上げながら駆け出していく。
誰かが最初に声をあげると、あっという間にみんな笑い出す。揺れる台の上でゆらゆら揺れ、砂を手でかき回しながら、両手ですくい、指の間からさらさらとこぼす。
楽しいを体いっぱいに感じている。
ひなの明るくて少し天然な笑い声。
ルカの少し口うるさいけれど優しい気づかい。
三人で作ったこの小さな公園が、誰かに初めての喜びを運んでいる。そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
ルカ、ひな、あたしは元気に楽しくやっているよ。
「柚葉、君は……すごいな」
いつの間にか横に立ったルシエルが、珍しく言葉を探しながら言った
「子供たちが、こんなに光で満たされるのを見たのは……母上の奇跡の時以来だ……ありがとう」
その真っ直ぐな声音に、柚葉の顔は一瞬で熱を帯びる。
「あ、いっ……いえあのっ!! 日本ではこういう公園が普通で……えっと模型で作ったのを本物にしたのは初めてで……あの文化祭で兄に評価されて……」
「テンパり速度がまた上がってるにゃ」
灰銀ポニーテールを揺らし、ニャルディアがほわっと呆れ笑い。
「深呼吸にゃ。吸って、吐いて。見てるだけで過呼吸になるかと思ったにゃ」
「ユズハ、ゆっくりでいい。落ち着いてね」
ルシエルが穏やかに言う。
その声は甘く、励ましとも慰めともつかない。
「ふ……ふぁいっ……!」
(な、なんでこの王子、こんな甘い声出すの……!? もう! 恥ずかしい……)
子供たちの笑い声。
柚葉の赤くなった顔。
ルシエルの柔らかな視線。
ニャルディアのほわツッコミ。
柔らかい朝の光に包まれ――孤児院はやさしい幸福で満たされていった。
そうしていると、柚葉は砂場の子供に呼ばれる。
「ゆずねえちゃん! 一緒にお城つくろー!」
「ま、任せて! クリエイターの本気みせる!!」
「......ユズハ様、全力で砂遊びに臨む宣言にゃ!......可憐すぎにゃ」
ニャルディアが頬を染め、ブレンナは豪快に笑う。
「ハハッ。さすがユズハ様! 戦場より砂場が向いてるぜェ!」
「そうだね。あんなに幸せそうな顔をされると、また好きになるんだけど......可愛い。言葉にするつもりはなかったのに、つい言っちゃうよね」
(......また始まったにゃ! ユズハ様限定溺愛モードにゃ!? 聞かなかったことにするにゃ)
(うぉっ!? 甘っ!! 砂糖爆発かよォ! この王子!!)
思わず後ろにのけぞりつつ、子供に混じってバタつく護衛コンビ。
柚葉は、子供と共に砂場に膝をつき、砂の城に魂を込めていく。
ルシエルは、その横顔を静かに見つめ、守りたい衝動がふたたび胸に満ちる。何かなんでも、この温かな表情を曇らせたくない。
朝の光が、柔らかく彼女の背に降り注ぐ。
(……きっと、ここに来られたのも“運命”だ)
ルシエルはその平和なひと時に静かにそう思った。




