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模型女子の異世界聖女ライフ ~推し活するつもりが、気づけば私が推されてたんですが!?  作者: Ciga-R


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第37話 闇が動く夜に、王子は“この手で守る”と誓う



 ガルディウスはニヤリと笑い、ニャルディアへ顎をしゃくった。


「じゃ、戻るわ。子猫、案内頼む」


「だから猫じゃないにゃ! うちはニャルディアにゃ! ……もっと強くなって、ちゃんと名前覚えてもらうにゃ!」


「ははっ! その向上心、嫌いじゃねぇ。――ニャル、だな。覚えたぜ」


「オレもだ! しっかり刻んどけよ! 次に勝つのは――このブレンナだッ!」


 ガルディウスは笑いを喉の奥で低く転がした。


「くく……オレンジっ娘は“ブレンナ”。いい名前だ。お前らのとこはホント、主に似ねぇな。アツい奴ばかり揃ってるじゃねぇか」


 そう言ったあと、なぜか小さく息をこぼした。


「……うちの連中にも、少しはその“熱”を分けてほしいぜ。あいつら、いつでも冷静でな。クールなのはいいが、物足りねぇ」


 文句を言いながらも、その横顔にはほんのり誇らしさがにじんでいた。


 柚葉は意味がわからずあたふた、ルシエルは小さくため息をもらす。


 そして、扉へ向かいかけたその瞬間――ガルディウスがふいに足を止めた。


「……そうだ、弟」


 赤金の髪が静かに揺れ、視線が鋭さを増す。


「グレイヴが遭遇した“闇の組織”。あれが今、王都周辺で子供をさらってる」


「……なに?」


「お前が保護してる“あの場所”も、狙われる可能性がある。――気を付けろよ」


 瞬間、室内の空気がひりつくほど凍りついた。


 ルシエルの指が、ほんのわずか震えた。


 ガルディウスはそれに気づいているのかいないのか、にやりと笑うだけだ。


「――じゃあな。ニャル、行くぞ」


「ディアが抜けてるにゃ! ていうか来る時は勝手に来たくせに、なんで帰りだけ堂々と見送りさせるにゃ!」


「見て分かんねぇのか? 俺は“猫が好き”なんだよ」


 赤金の瞳が愉快そうに細まる。


 ニャルディアの頬がぴくりと跳ねた。


「猫じゃないにゃ! どう見ても焔冠の王子なら、獅子とか竜とかの方が好きそうにゃ!」


「そっちも嫌いじゃねぇな」


 あまりに即答で返され、ニャルディアは口をぱくぱくさせるしかない。


 その横で、ブレンナが豪快に笑った。


「あははっ! 紅蓮の王子の性格は、むしろドラゴン寄りだよな!」


「褒め言葉として受け取っとく」


 軽く肩をすくめ、ガルディウスは踵を返した。


 戦場の残り香を引きずりながらも、どこか跳ねるように軽い歩調――実に彼らしい。


 扉が閉じる――その直前。


 ガルディウスの手だけが、不意に止まった。


「……ルシエル」


 背を向けたままの声は、先ほどまでの軽口とは違う重みを帯びている。


「“守りたい奴”がいるなら――油断すんな。敵は神殿だけじゃねぇ。闇でうごめく連中もいる」


 赤金の瞳が横目だけで柚葉を射抜く。


「だから、生きて証明しろ。召喚の儀――お上品なお前が、世界に噛みついてでもな」


 バタン、と扉が閉まった。


 残された空気は、妙に熱く、そして冷たかった。


 扉の向こうで、去っていく二人の声がまだ聞こえていた。


「……で、なんで帰りまで案内する必要あるにゃ! ニャルディアはユズハ様の身の回りのお世話があるにゃ!」


「うるせぇ、猫は道案内が似合うんだよ」


「だから猫じゃないにゃああっ!」


「はいはい。鳴くな鳴くな。……まあ、さっきの動きは悪くなかったぜ。次はもうちょい遊ばせろよ、子猫」


「だから子猫扱いするにゃあああッ!!」


 廊下の向こうへ消えていく怒声と笑い声。


 その残響が、まるで熱の尾を引くようにゆっくり遠ざかっていった。


 ――そして、完全に静寂が戻る。


 二人がにぎやかに去っていくと、部屋には再び静けさだけが残った。


 柚葉は息を飲み込んだまま――ようやく喉の奥に言葉が浮かぶのを感じた。


「ルシエルの……兄弟って……いつもあんな感じなの?」


 声は震え、けれどどこか興味と困惑が混じる。


 ルシエルは小さく息をつき、ほとんど呆れた笑みで答えた。


「うん。兄上って……まるで“戦うことで呼吸している”みたいな人だから」


 そこには僅かな憧れと――家族への複雑な愛情がほのかに滲んでいた。


「でも、今のは本気の“警告”。慈光院の子たちに被害が出る前に……明後日の神殿招集で全部決める」


 柚葉はごくりと喉を鳴らした。


「うん……分かった。怖いけど……逃げない」


「おう! 次は勝つぞォ!」


 ブレンナも巨大なハンマーをドン、と床につく。


 重たい緊張。


 けれど確かな温度のある空気。


 柚葉は小さく息をつき――その場に立つ二人の顔を順に見上げた。


 胸の奥が震え、強く熱くなった。


「大丈夫。君は一人じゃないから」


 柚葉は息を詰めたまま、喉の奥に言葉が生まれるのを待つ。


「……兄さんが言ってた“大聖女”って」


 柚葉が小さく問いかけると、ルシエルは窓の外へ視線を向けた。


「あの方は......セラフィード大神殿の頂点に立つ女性。母上......セレーネ妃の後継として選ばれた人だ」


 淡い月光が照らす横顔に、わずかな影が落ちる。


「彼女は、“光の秩序”を守るためなら何でもする人だよ。……たとえ、それが君を害することでも」


「……っ」


 柚葉の胸が小さく震える。喉奥に苦い息がからんだ。


 そのとき、部屋の隅でブレンナが、ぽつりと口を開いた。


「……大聖女様は、秩序第一。誰が泣こうが、血が流れようが――世界が崩れないほうを選ぶ。……そういう生き方を選んだ、選ばなければならなかった人」


 豪快で朗らかな彼女にしては、淡々とした言葉。


 それは、彼女自身がその冷たさを身につけざるを得なかった大聖女の過去を知るかのように。


 柚葉は思わず、ルシエルを見上げた。


「ルシエルは……怖くないの? 本当に、世界の秩序が揺らいだり……あたしのせいで誰かが――」


「誰かを救おうとして、君はその力を得た。それが黒でも夜でも――僕は恐れない」


 静かに、しかし確かな強さ。


「でも、急がなければいけない。兄上の言葉、あれは本当だ。“闇の組織”――最近ほんとに動きが活発になっている。今朝の報告でも子供たちが消えていると上がっていた」


 柚葉は息を飲む。


 ルシエルは一瞬だけ目を伏せ、言葉を紡ぐ。


「……ボクが保護している“慈光院”。母上が生前、孤児や行き場のない子を引き取っていた場所を――継いでいるんだ。それは兄上たちも同じなんだけどね」


 窓の向こうに映るのは、王都の外れにぽつんと立つ古い孤児院。


「戦災、飢え、病……家族を失った子供たちが暮らしている。母上はいつも言ってた。『光は、国の中心ではなく、最も暗い場所に差すものです』って」


 柚葉の胸が熱くなる。


 ルシエルは続ける。


「だから……もし闇の組織が、あそこを狙うなら」


 その声は限界まで静かで――


 だが確実に怒りと覚悟が宿っていた。


「僕は守る。あの子たちも――君も、“この手で”」


 風が止む。


 その時、柚葉の掌に、黒い蝶がふわりと降り立つ。夜色なのに、光を宿した不思議な蝶。


 窓から差し込む月明かりが、ルシエルの横顔を静かにふち取った。柔かな銀の光が、まるで彼の決意そのものを祝福するように揺れている。


 ルシエルは一歩、そっと近づき、真っ直ぐに柚葉を見つめる。


「......とくに君だけは、絶対に。なにがあっても、ボクのそばで無事でいてほしいんだ」


 その声は、月夜の静けさに溶けてしまいそうなくらいに優しく、けれど揺るがない温度で胸の奥へと触れてきた。


「ルシエル……」


 小さく名前を呼ぶ声は、夜の光に吸い込まれ、淡く輝き、溶けるように蝶は静かに消えた。


 そんな二人を見て、ブレンナは腕を組み、瞠目する。


 殿下がユズハ様に微笑むたび、胸の奥がドンッ!と跳ねる。


(......ニャルよ......な、なんなんだ、この甘さ、目の毒だってのォ!!)


 鍛えた腕で拳を握りしめても、どうにもならない。


 でも心の片隅で、ちょっと羨ましいと思う自分に気づき、ブレンナは苦笑する。


(ま、ま、オレはオレで守るだけだしな! 甘々カップルに胸やけさせられようが、ニャルみてぇに、騒がねよォ!)


 その心の声をぐっと呑みこみ。ただ――くるりと踵をかえす。


「おい、二人とも、そろそろ休めって! リディアーヌ様の神殿召喚の儀が無事に済んでこそ、二人にとっての本当の始まりなんだからな」


 それだけ言うと、扉の外で護衛の任務を続けるため部屋から出ていく。


 扉の向こうの気配が消えると、月光だけが二人を照らし、静かな夜がゆっくりと満ちていった。



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