表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
模型女子の異世界聖女ライフ ~推し活するつもりが、気づけば私が推されてたんですが!?  作者: Ciga-R


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/45

第32話 聖光の玉座へ、王子の温かな隣で未来を選びはじめる~祝福の都の恋譚~


 朝の王都〈ヴァレンティア〉は、夜明けそのものが祝福の儀式だった。


 白金の塔が陽光を受けて淡く輝き、鐘楼から流れる旋律が街に染みわたる。


 神殿の尖塔には七色の光が駆け、祈りが朝靄に溶けて空へ昇っていく。


 そのすべてが、この国の“秩序”を象徴していた。


 ――そして今、その中心へ、ひとりの異邦の少女が歩いていた。


「うわぁぁ……ルシエル、これ絶対やばいって……。歩くだけで寿命削れてる気がする……!」


 豪奢な回廊を進む柚葉は、もう完全に声が震えていた。


 大理石の床は鏡みたいで落ち着かず、壁には金糸で織られた聖紋の旗がズラリと並び、至るところから神像が“よく来たな娘よ”みたいな眼差しを向けてくる。


「……ねぇルシエル。ここ、廊下一本であたしの家より高くない?」


「一本って単位が、すでに変だよ」


「だって!  現実味がない世界なんだから仕方ないでしょー!?」


 ルシエルはくすっと笑い、柚葉の歩調に合わせて横を歩く。


「いや、だって……比べる基準がもうそこしかないんだもん」


「そんな緊張する必要ある?」


「あるよ。なんか……“入っていいのかなあたしが”って気分になるじゃん」


「ユズハは、聖王国が認めた“客人(まれびと)”だよ」


「うぅ……それを自覚すると余計プレッシャーかかるんだけど」


「大丈夫。ちゃんと隣にいるから」


「……うん。ありがと」


 荘厳な空気の中にも、ふたりの会話には穏やかな温度があった。


 柚葉はぴたりと固まった。


「……あの扉、生きてない?  呼吸してる感じしない?」


「してないよ」


「してないのに圧があるとか、逆に怖いんだけどー!!」


 ルシエルは少し困ったように笑いながら、そっと柚葉の背を押す。


「ほら、大丈夫だって。ユズハならできるよ」


「うぅぅ……励ましてくれるの嬉しいけど、胃がキリキリしてきたぁ……」


 そう言いつつも、柚葉は、一歩を踏み出した。


 やがて、白金の扉の前にたどり着く。


 衛兵が二人、無言で槍を交差させた。


 その奥――光が満ちる“聖光の間”。


「ルシエル・レガリア・ヴァルハイト殿下、ならびに客人まれびとユズハ殿。入室いたします」


 静かな声と同時に、扉がゆっくりと開いていく。


 眩い光があふれ、柚葉は思わず目を細めた。


 聖光の間。


 床は神代の黄金大理石、天井には七つの天輪を描いた崇高な聖画。


 息をするだけで心が正されるような、厳粛と神聖の濃度が桁違いだった。


 そして――その中心に座す男こそ、この国の王にして“獅子王”の異名を持つ者。


 ヴァルハイト聖王国国王、レオハート・レガリア・ヴァルハイト。


 白金の鎧は装飾ではなく、戦場で鍛え直された実戦の光。鍛え上げられた体躯は老いを寄せつけず、金獅子のような風貌は威厳と覇気をまとっている。


 その眼光は、かつてAランク冒険者として名を轟かせた“王の中の王”のそれだった。


 座っているだけで、空気がひれ伏すような圧がある。


 真正面から見ようとした柚葉は、思わず背筋を伸ばした。


「す、すご……なんか、オーラだけで一国守れそう……」


 横のルシエルが小さく「父上だからね」とため息まじりに笑う。


 王の右側には、一人の女性――側妃イリスが静かに佇んでいた。


 銀糸の髪は淡く輝き、聖女にも似た柔らかい光をまとう。彼女がいるだけで空間の角張った威圧がほどけ、まるで穏やかな風が吹き込んだかのようだった。


 その腕には幼子――第四王子セラフィオ。


 まだ幼いその子は、母の胸で静かに眠っている。


 けれど、その小さな額には王家特有の光紋が淡く宿り、ただの幼子ではないことを気配だけで感じさせた。


 “この子はいずれ国の運命を変える”そんな未来の影が、どこかに確かにあった。


 そして、王の左右に並ぶ二人の王子。


 第一王子アーシェス・レガリア・ヴァルハイト。


 彼の佇む場所だけ、わずかに温度が下がっていた。陽光を閉ざしたような金髪は静かに肩へ流れ、その瞳は冷えた理性で研ぎ澄まされた刃のよう。


 少年の頃に喪った母セレーネの“不審な死”。真相を闇に落とした者たちへの怒りを、彼は決して忘れない。


 その怒りを燃やす代わりに、凍らせて抱え込む――だから彼の沈黙は、どこまでも深く、どこまでも鋭い。


 “未来を睨む者”の孤独が、その立ち姿に宿っていた。


 その対となるように、逆側には第二王子ガルディウス・レガリア・ヴァルハイト。


 巨躯。厚い胸板。

 炎のように荒々しく揺れる金髪。


 ただ立っているだけで、戦場の熱と轟音の匂いがする。


 豪快な笑みは眩しく、だが同時に周囲を巻き込まずにはいられないほどの“熱”を帯びていた。


 過去よりも今を、陰謀よりも拳を、正義よりも“叩き割るべき敵”を優先する男。


 だが裏では帝国との“いずれ起こる戦”を独自に見据え、誰にも言わずその未来を狙っている――危うさと才覚を併せ持つ獣。


 アーシェスの沈黙は氷。

 ガルディウスの衝動は炎。


 正反対の二人が、玉座の間に複雑な陰影を落としながら立ち並んでいた。

 

「異界の客人まれびと、ユズハ」


 低く響く声は穏やかでありながら、玉座の間の空気そのものを震わせた。


 “獅子王”と呼ばれたレオハートの声には、言葉以上の重みがあった。


「我が子、ルシエルを導いた者。そなたの来訪、神の導きと見た」


「は、はっ……ひ、ひゃい!? い、いえっ、あのっ――お、お会いできて光栄です!!」


 柚葉は緊張のあまり、勢いよく礼をしようとして――


 ガッ! と膝を床にぶつけ、頭を下げた拍子に前髪が“ぶわっ”と跳ね上がり、おまけに靴がきゅっと滑って半歩前にズレるという、三段コンボのドジを披露してしまった。


(なんで今こんな見事にやらかすのあたしィィィ!?)


 玉座の間では通常ありえないその動作に、沈黙がわずかに揺れ――


「ぷっ……あははははっ!!」


 ガルディウスが腹を抱えて吹き出した。


「おいルシエル! お前、こんなおもれぇ子どっから拾ってきたんだよ!」


「兄上、謁見の場です。笑い声が響いています」


「だって面白ぇだろ! ほら見ろ、前髪が跳ねて角みたいになってるぞ!」


「兄上っ」


 ルシエルが呆れたように眉を寄せるが、レオハートはむしろ興味深げに目を細めていた。


「よい。異界の娘が緊張するのは当然だ。……娘、顔を上げよ」


「は、はいっ……!」


 柚葉が慌てて姿勢を正して顔を上げた瞬間だった。


 七色の光が、黒髪の奥で淡く揺れる。


 夜空を透かしたような微光が広がり、玉座の間の光と触れあって溶け合った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ