第27話 異世界ディナーで心まで焼かれた、王子さまの甘すぎる誘惑
お品書き:四品目「星獣ステーキ ― 希光ハーブの香りと共に」
甘すぎるデザートで瀕死になった柚葉を、ルシエルはやさしく支えたまま、次の料理が運ばれてくるのを静かに待っていた。
(落ち着け……心臓……ッ。甘いのはスイーツだけじゃないのよこの世界!!)
そんな中、四品目の“星獣ステーキ”がテーブルに置かれた瞬間。
「……え、輝いてる?」
肉が、淡く光っていた。
夜空の星を閉じ込めたみたいに、表面がきらきらと瞬く。
「星獣は、夜空の魔力を食べて育つんだ。死してもその身に魔力を宿すから……こうして、光る」
「食べ物が光るの、二度目なんですけど!? 異世界料理って……発光前提なんですか!?」
柚葉の叫びに、ルシエルがふっと笑う。
「ユズハは本当に面白いよ。この光は“幸運を呼ぶ”とされていてね。大切な人と食べると、祝福が重なるんだ」
「だ、だだだだ大切……!?」
「もちろん。君を大切じゃない理由が、どこにある?」
(……ッッッ!? 言い方……言い方が……!!いちいち心臓を攻撃してくるのなんなの!?)
ルシエルは、ナイフを静かに動かしながら続けた。
「ほら、見て。切るたびに、魔力が花みたいに散る」
断面から、星屑のような淡い光がふわりと広がる。
「き、きれい……! けど、食べて平気なの……?」
「もちろん。ただ――希光ハーブには少しだけ、心を温かくする効果がある」
「心を……?」
「うん。だから、もし……いつもより素直な気持ちが出てきても、それは薬じゃなくて“君の本音”だよ」
柚葉の背筋が、ぞわりと熱くなる。
(……なんで。なんでそんな“何か言わせる気満々”みたいな顔をするの……?)
「はい、ユズハ。あーん」
「ま、またあーん!? デザートでしにかけたの見てましたよね!?」
「じゃあ……口を近づけて? 無理なら、僕が食べさせるから」
(いや待って……! どっちにしても、逃げられない……!? この王子、恋愛スキルSランク……?)
柚葉は震える口を開き、そっとステーキを受け取る。
「……っ、おいしい……」
甘さではなく、温かさが胸に染みる。気持ちがふっと軽くなるような、不思議な味。
「ユズハの表情、少し柔らかくなった」
「だ、だって……なんか……ほわほわする……」
「それ、君が僕の隣にいるからだよ」
「!?!?!?」
はい、ゲームオーバー。
柚葉は光の速さで俯いた。
食事を終えると、ルシエルは立ち上がり、自分の手をそっと差し出した。
「ユズハ。このまま終わるのは、もったいないだろう?」
「……まだ、何かあるの?」
「星が綺麗なんだ。君に見せたい景色がある」
迷う暇などなく、柚葉の手はそっと包まれる。
温かい。
優しい。
安心して、苦しくなるほど。
(……この手、離したくない……って、思っちゃった)
「行こう。今夜の空は――君のためにあるから」
(……ッ!!! そ、それもう告白なのでは……!?)
ドキドキしながら歩く先。
扉の向こうに広がるのは、満天の星が、風に歌うテラス。
テラスに足を踏み入れた瞬間。柚葉は、思わず息をのんだ。
空一面に、宝石のような星々。
近くの湖面にも輝きが反射し、世界そのものが光っているよう。
「……きれい……」
「でしょ? でも――君の驚いた顔の方が、好きだな」
「――っ!? 急に言うなぁぁっ……!」
(も、もう……本当に……心の防御力ゼロの所に超必殺な攻撃やめて……)
ルシエルは、テラスの手すりに軽く寄りかかりながら、星を背景に微笑む。
その仕草が、優しくて、余裕があってどこか寂しげで――柚葉の胸を掴んで離さなかった。
「ユズハ。今日……楽しかった?」
「え? あ……はい。すごく。美味しいものいっぱい食べて……見たことない景色ばっかで……でも心臓がちょっと死にかけてて……」
「それはごめん。でも、君のそんな反応、全部かわいくて……つい、ね」
「“つい”で心臓を撃ち抜くのやめてもらえます!?」
ルシエルは笑う。
その笑顔が、夜光に照らされ、さらにやさしく見える。
ふと、風が吹き抜ける。
柚葉の髪が揺れ――ルシエルがそっと手を伸ばした。
「……」
落ちてきた髪を、丁寧に耳にかけてくれる。
「に、に、に、にゃんで今それを……!?」
「だって……見えなくなるから。ユズハの顔が」
距離が近い。
息が触れそう。
星の光が二人の間だけを照らしている。
(やばいやばいやばいやばい……この距離は……これ、絶対……“そういう雰囲気”じゃん!!)
逃げようとして――でも、逃げられない。
なぜなら、その優しい手が、柚葉の頬にそっと触れていたから。
「……ユズハ」
「は、はいっ……?」
「君が来てから……毎日が変わったんだ。城の空気も、僕の心も。“こんな気持ち”になったのは、初めてだよ」
(ま……待って……これ……告白の……前置き……ッッ)
胸が熱くなるのを感じた瞬間。
ルシエルは、柚葉の瞳をまっすぐに見つめる。
逃げられない。
でも――逃げたくない。
「ユズハ。君が……僕の隣にいてくれる未来を、考えてしまうんだ」
「え……」
声が震えた。
ルシエルの表情は真剣。
優しさの奥に、強い想いが宿っている。
「もし……嫌じゃなければ。少しずつでいい。君の隣に、僕を置いてほしい」
「…………っ」
言葉が、出ない。
胸の奥が、温かくて、苦しい。
(こんな……こんなの……反則じゃん……)
ルシエルがそっと柚葉の手に触れる。
「焦らなくていいよ。答えは……いつでも。君が話したくなった時に聞かせてくれれば、それで嬉しい」
その優しさが、逆に心臓を撃ち抜いた。
「……あ、あたし……」
言おうとして――声が震えてしまって、続かなかった。
ルシエルは微笑む。
「今は、言わなくていい。ユズハの気持ちが揺れてるの、僕にも分かるから」
柚葉の手を、離さないまま。
「……星、きれいだね。でも――君が横にいてくれる方が、僕は嬉しい」
(……また言うぅぅぅ……!! ほんとこの王子……甘さの限界突破してるて……!!)
お品書き別皿二品目:物陰のニャルディア&ブレンナ
(しっぽ……しっぽ落ち着くにゃ……!! いや無理にゃ……!! 殿下、攻めすぎにゃ……殺す気にゃ……!!)
しっぽ:ビシッ!!(天に向かって直立)
耳:ぱたぱたぱた(高速)
顔:真っ赤
「にゅにゅにゅ……殿下……距離が……近すぎるにゃ……!!」
「おおおお、見りゃ分かるだろ、ニャル! 尊さで顔も体も震えてんじゃねえか! シッポまで感情出してんのか!?」
「だって……尊いものは……尊いんだもんにゃああああ……!!」
ブレンナは豪快に笑いながら両手を広げる。
「おいおい、瀕死っていうか、もはや劇場だな! 仕事はどうした! 星見テラスで護衛してるのか、笑い狙ってんのかどっちだよォ!」
「でも……見ちゃうと……溶けるにゃ……」
「そりゃ溶けるわな! っていうか、殿下の距離感、どう考えても限定超必殺級だろ! ニャル、大丈夫か!?」
「し、死にかけにゃ……でも……尊い……」
ブレンナは豪快に笑い、柱に寄りかかって叫ぶ。
「くっ……仕事中にこんな尊いもん見せるなって! オレまで心が溶けそうじゃねえか!」
ニャルディアは顔を真っ赤にして、しっぽを高速回転させる。
(でも……ほんとに……いい……にゃ……尊い……ああああ……!!)
その姿を見て、まじめ侍従たちは、固唾を飲んで観察。
「……おい、あの護衛たち、本当に任務中ですかね……」
「見守るどころか、完全に恋愛劇の観客になってますよ……」
ブレンナが豪快にため息をつき、ニャルディアの肩を叩く。
「仕方ねえなあ……しょうがねえ、つっこんでやるか! ……って、お前、本当に任務してんのか? それとも尊さに溺れてるだけなのか?」
「にゃ……両方にゃ……でも、殿下が……尊い……!!」
しっぽブンブン、耳ぱたぱた、顔真っ赤のニャルディアにブレンナが大笑い。
「もういい……俺は爆笑見守り役に徹する……!」
そして、柱の陰での二人の可愛いパニック劇は終幕を迎えたのであった。




