第26話 夜空と心もとろける、殿下と二人きりの異世界ディナー
お品書き:二品目「星獣フィレの瞬間焼き、光の香草添え」
二品目が運ばれてきた瞬間――柚葉は、思わずルシエルの袖をつまんだ。
「ル、ルシエル……これ……動いてない……?」
皿の上では、まるで星屑をまぶしたように輝く肉が、ぴくっ……と微かに震えた。
(ひっ……! ひっ……!? 肉って……こんな主張してくる!?)
侍従が優雅に説明する。
「“星獣フィレ”でございます。捕獲直後の鮮度を保つため、異界光晶で生命力を封じ……お召し上がりの直前に“活性”を一瞬だけ戻しております」
(戻すな!!?)
柚葉、心の中で全力のツッコミ。
ついでに肉の表面を覆う薄膜が、ぱちっと星みたいに光る。
(いやいやいやいやいや!! たぶん美味しいんだろうけど…… デザイン性!! 生命力!! アピールつよ!!)
「ユズハ、怖くないよ」
ルシエルが、優しく微笑みながら手を伸ばし、自分のフォークで肉を切り分けてみせる。
その瞬間――肉はぴくりとも動かなくなり、中から宝石のような断面が現れた。
「ほら、今はもうただの料理。君が安心して食べられるように、僕がちゃんと“動かない状態”にしておいたから」
(なにその……優しさに溶ける系王子の仕草!)
切り分けた一口サイズを、自分の皿にそっと置いてくれる。
「喉、通りにくいだろ? じゃあ......これを。君が食べてくれたら......ボクはすごく嬉しい」
“ボクはすごく嬉しい”の破壊力が強すぎる。
「……た、食べる……!」
覚悟を決めて口に運ぶと――
(……なにこれ……!? とろけるのに、ふわふわで、でも肉の旨味が星みたいに弾けてる……!? え、どゆこと!?)
美味しすぎて理解が追いつかない。
「……すご……おいしい……!?」
ルシエルの目が、ふわっと綻ぶ。
「よかった。君が喜ぶと、僕も……嬉しい」
(嬉しいの二連撃……反則……! 心臓が溶ける……!)
お品書き:三品目「天涙のパルフェ ― 星果ソースを添えて」
三品目が運ばれてきた瞬間、柚葉は本能で悟った。
(……あ、これ絶対ヤバいやつ)
透明度の高いグラスに、雪のようなムース、きらめく果実の粒、そして光そのものみたいな黄金色のソース。
「天涙の果実……って、まさか……」
ルシエルは頷いて微笑んだ。
「“涙を一粒だけ零す木”からとれる希少果実だよ。人が口に入れる前に溶けてしまうから、収穫から数秒で加工しなきゃならない。この味は、王族でも一年に数回しか食べられないんだ」
(待って。命がけフルーツ……? 異世界スイーツ、次元が違いすぎるんですが!?)
でも――柚葉は、スイーツそのものより、ルシエルの微笑みの方が甘く見えるという現象に襲われていた。
「ユズハは甘いもの、好きだろう?」
「す、好きだけど……これは……高級品すぎて震える……!」
「震えても僕がいるよ。ほら、スプーン……はい」
さりげなく自分の方へ椅子を寄せるルシエル。
距離。
やわらかい声。
優しい目。
全部が甘すぎて頭がショートする。
「……じゃあ、一口……」
震えるスプーンでムースをすくい、口へ運ぶ。
瞬間。
(……っっ!!!!?????)
味覚が――爆発した。
雪みたいな舌触り。
光みたいな香り。
涙の粒のように、優しくて甘くて、切ない味。
(なにこれ……甘さじゃない……感情? “幸せ”そのものを食べたみたい……?)
気づけば柚葉の手が震え、腰がカクンと抜けかけていた。
「あっ」
ルシエルの腕がすぐに支えてくれる。
「大丈夫? 甘さに驚いた?」
「お、驚いた……どころじゃ……ない……っ。スイーツに……気持ちが……持っていかれた……!」
「ユズハの反応、かわいい」
「かっ……かわ……!? また自然に……!!」
ルシエルは優しく笑いながら、柚葉の手からそっとスプーンを取り上げた。
「じゃあ……次は僕があげるよ。君の震えが治るまで」
(え、待って……? それって……もう……デート中のあーんじゃん……!? 甘さ追加攻撃!? 普通にしねるやつ!!)
ルシエルは当たり前のようにスプーンを差し出す。
「口、開けて?」
「む、無理……!!! 甘い……ルシエルが甘い……!!」
「うん。甘くするよ?」
(ひぎゃああああああ!!! 攻撃力が高いよ王子!!)
柚葉は、限界を超えて、本日三度目の“心のHPゼロ”へ。
お品書き別皿:その頃の物陰の護衛たち
柱の影で、隠密で護衛任務に就くニャルディア。そして隣には、明るいオレンジの髪を後ろで束ねた豪快なドワーフ少女の護衛・ブレンナが控えていた。
「にゃ……殿下……距離が……近い……にゃ!」
「ははっ! そんなの見りゃ分かるだろ、ニャル! 赤面してんじゃねえぞぉ!」
ニャルディアが耳をぴこぴこ、しっぽをぶんぶん振ると、ブレンナが笑いながら突っ込む。
「おまっ……シッポ! まさかその振り方で感情丸出しとか、プロ失格だぞ!」
「だって……尊いものは……尊いんだもんにゃああああ……!!」
ブレンナは両手を広げ、豪快に大笑い。
「おいおい、仕事中だろ! 尊いとか言ってる場合か! 隠密の意味ゼロだろそれ!」
「でも……見ちゃうと……溶けるにゃ……」
ニャルディアがしょんぼり耳を伏せる。ブレンナはそれを見て肩を叩き、豪快に笑う。
「仕方ねえなあ……まあ、しょうがねえェ、鉄さえも溶ける甘さだからな! って、ニャル、まじめに守り仕事してるのか、笑いに走ってんのかどっちだよォ!」
その光景を、隣のまじめな侍従たちが固唾を飲んで見ている。
「……なあ、あの護衛たち、あれで仕事してるんかな……」
「隠密どころか、もはや隠れる気ゼロだよな……」
柱の影で悶えるニャルディアと、豪快にツッコむブレンナ。
そして真面目な侍従たちは、ため息混じりに顔を見合わせる──甘くてドキドキの晩餐会の裏で、護衛たちのコメディ劇も同時進行中だった。
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