第23話(後パート) 可愛いのに最強。猫耳メイドの初任務は胸キュン護衛
柚葉はニャルディアと手を繋いでゆっくりと歩いている。
(……不思議だな。ここに来て、こんなふうに誰かに優しくされる日がくるなんて)
歩く足音に合わせて、ぽつぽつと心に浮かんでくる。
元の世界で、自分を包んでくれた存在――
料理を作ってくれた両親。
甘えん坊な弟と、しっかり者の妹。
いつも背中を押してくれた、自慢の兄。
模型店では厳しいけど、面倒見のよい店長のプーやん。
突然の異世界転移で会えなくなってしまった、仲のいい親友二人。
(みんなに感じたあったかさとは……少し違うけど)
ルシエルのくれた温もりともまた別の、ほんのり優しい体温が、にゃるっと心を撫でていく。
(……あ、この感じ……好きだな)
そう思った瞬間――柚葉の心の奥に、「この世界に来てよかった」とそっと灯りがともるようだった。
「――ここが、特上の浴室にゃ。ユズハ様専用、だって」
ニャルディアがそっと扉を押し開ける。
その瞬間、ふわぁぁぁ……っと
花の香りを含んだ温かな蒸気が、まるで生き物みたいに流れ出してきた。
中は――
「…………スパ……え? これ……世界遺産?」
白大理石の床は魔法光でほのかに輝き、天井には小さな星型の魔晶石ランプが瞬いている。
壁際には魔道具が整然と並んでおり、湯船なんて小学校のプール二レーン分くらいある。
文明レベルがもはやファンタジーの皮をかぶった未来。
「すご……ここ、ほんとにお風呂……?」
「当たり前にゃ。殿下の“特別待遇”にゃから。普段はもっと……ええと、こう……ちんまりした浴室にゃ」
「ちんまり言うなー!!」
ニャルディアがくすっと笑うと、ふわふわのしっぽが楽しげにぱたん、と揺れた。
そして彼女は、台座の魔晶石を指でちょん、とつつく。
次の瞬間――ぽわっ、と壁の紋章が光り、お湯の温度が自動調整され、花香の霧がふわりと漂い始めた。
「……ちょ、待って……今の、なに……?」
「温度も湿度も香りも、全部“魔力制御式”にゃ。湯量も勝手に調整するし、お肌にいい癒しの魔法も混ぜてくれるにゃ。疲労軽減もついてるにゃ」
「ねぇ……魔法文明……日本の家電の上位互換すぎない……!?」
「か、家電……?」
ニャルディアは首をかしげ、耳がぴんっと立つ。
「ユズハ様のいた国……そんなすごい技術あったのにゃ? 魔力なしでここまでやるって……逆に怖いにゃ」
「いや、魔力はない……ほんとに……提供もされないよ……!」
パニック気味に説明すると、ニャルディアはくすっと笑う。
「ユズハ様、驚き方がほんっと可愛いにゃ」
「また言った!!」
「事実にゃ。……そんな赤くならないで……あたしまで耳が……ああ、ほら……熱くなる、にゃ……」
猫耳がしゅんっと寝て、しっぽがゆるゆると溶けるように揺れた。
そして、ふと。
ニャルディアはじっと柚葉の髪を見つめる。
「……ユズハ様の髪、魔晶石の光が映ると……夜空みたいにゃ。星が流れ込んでるみたい……とても、綺麗にゃ」
「ひゃっ……!」
「ほんとのことだにゃ。殿下が夢……中……になるのも、わかるにゃ……」
「なんで“夢中”がデフォルトなの!? 確定なの!?」
「だって……目で追ってるにゃ。うち、観察力は騎士並みに鋭いにゃ。気づかないわけないにゃ」
(心臓に悪い情報を……平然と……!!)
ニャルディアは、ほんのり耳を赤くしながら続ける。
「殿下が誰かを“特別扱い”するの……うち、はじめて見たにゃ。だから……ちょっと、嬉しかったにゃ。ユズハ様みたいな人なら……殿下を幸せにできる、って……思ったにゃ」
優しさと真っ直ぐさを包んだ言葉だった。
そのとき――尻尾がそっと柚葉の腰に触れる。
びくっ、とした柚葉に、ニャルディアは慌てて言い訳した。
「ち、違……! ちがうにゃ!!勝手に寄っちゃっただけにゃ!!こ、これは……その……警戒範囲の確認で……あっ、あああ……耳が熱いにゃ……!」
尻尾は完全に“好き”の動きだった。
(……可愛い……魔法文明よりニャルディアの反応のほうがすごい……)
異世界のお風呂は、文明レベルもニャルディアの可愛さも――反則級だった。
「じゃ、準備できたにゃ。お湯、ちょうどいい温度だと思うにゃ……」
ニャルディアは、緊張してるくせに勇気を振り絞ったみたいな手つきで、そっと柚葉の背中を押した。
優しい。ふわふわ。あったかい。
「……ゆっくり浸かって、疲れ……とってほしいにゃ」
「あ……ありがとう」
「にゃ――っ……!」
ニャルディアの耳がしゅびっと折れ、しっぽがだら〜んとほどける。
「そ、そんな優しい声で言われたら……あたし……頑張ってよかったって……思う、にゃ……」
目元まで少し潤んでる。
もう反則的に可愛い。
そして、柚葉が湯に脚を入れた瞬間――
ふわぁぁぁ……。
花と果実を混ぜたような香りが、ゆっくりと体にまとわりつく。
白い湯気は魔法で温度調整され、肌に触れるお湯は柔らかくて、温かさがじんわり、芯の奥までほどけていく。
――完璧。いや、“完璧の上”が存在した。
(……異世界のお風呂……すご……!! いやもうこれ……文明レベル……日本、負けてない!? 最高……!!)
天井の魔晶石ランプが星みたいに瞬き、湯面に光がゆらゆら揺れる。
そんな柚葉のほわほわ顔を見て、ニャルディアは胸を撫で下ろしたように微笑んだ。
「……よかったにゃ。ユズハ様の“ほわっ”て顔……見たかったにゃ」
そして、ほんの少し恥ずかしそうに、しっぽを胸の前でぎゅっと抱えながら言う。
「……入浴後も、髪……乾かすの手伝うにゃ。あたしの……だ、大事な……ご主人様、だから……」
最後の一言だけ、湯気よりも甘く、やわらかく、柚葉の耳にそっと落ちた。




