第23話(前パート) 可愛いのに最強。猫耳メイドの初任務は胸キュン護衛
離宮に案内され、柚葉が客間に通された直後のことだった。
扉を開けた瞬間――ふわふわの灰銀の猫耳が、ピンッ、と元気よく立ち、次の瞬間しゅんと寝て、また恥ずかしそうにふわっと立つ。
「は、はじめまして……にゃ。キャトラ族の、離宮勤めのメイド兼護衛──ニャルディアって言うにゃ……」
声は小さく、けれど一生懸命で。
灰銀のポニーテールが揺れるたび、月光みたいな毛並みがやわらかく光る。
「……あ、あの。その……そんなにじーっと見つめられると……耳まで熱くなっちゃうにゃ……。ほ、ほら、この耳も尻尾も、ふわふわだから……気になるのはわかるけど……さ、触るなら……その、や、やさしく……にゃ……?」
言葉の最後がくにゃりと溶ける。
尻尾が、嘘みたいに律儀にぱたぱた揺れた。
――なに、この可愛い特化の生き物。
柚葉は、思考が一瞬止まるほどの衝撃を受けた。
「し、しっぽは……にゃあっ!? こ、これは勝手に揺れてるだけにゃ! ユズハ様に仕えることが嬉しくて……なんて、そんな……ちょ、ちょっとだけ……にゃ?」
言ってることと尻尾の挙動が真逆すぎる。
(……可愛すぎる!!!)
心の中のゲージが、危険な音を立てて振り切れた。
「うちは、聴覚も嗅覚も自信あるにゃ。危ない匂いも、ユズハ様の不安な気配も、すぐに気づけるにゃ……。だから、安心して頼ってほしいにゃ。……これから、離宮にいる間は、よろしく、にゃ」
きゅっと胸を張った顔は凛々しいのに、耳はしゅんと照れている。
こんな子が護衛――この世界、ファンタジーサービス精神が過剰では?
ニャルディアは、柚葉のほんのり困ったような視線に気づいたらしい。
「……もしかして、うちのこと……護衛できないって、思ってる……にゃ?」
「えっ、あ、いや、そんな――!」
慌てて否定する柚葉の前で、銀灰の耳がぴん、と立つ。
その仕草だけで可愛いのに、その目は――急にきらり、と猫科らしい光を帯びた。
「なら……見せてあげるにゃ」
次の瞬間。
――ふ、と影が揺れた。
ニャルディアが姿を消した……ように見えた。
「えっ――」
目の端で光が跳ねる。
天井近くの梁に、ニャルディアがひょい、と逆さで張りついていた。
軽い。
静か。
羽根のような身のこなし。
「うちは、軽戦と暗歩が得意にゃ。音も、匂いも、気配も……全部消せるにゃ」
瞬きしたらもう消えている。
次に気づいた時には、部屋の壁を蹴って流れるように滑り落ち――
そのまま床に着地する一連の動きが、美しいほど滑らかだった。
まるで、
――柚葉が推しているアイドルの、全盛期ライブ映像の“多重ダンス”を一人で全部やってみせたかのような。
高速のステップ。
流れるターン。
空気の流れだけが残る残像。
柚葉は思わず両手を胸に当てた。
(す、すご……! かっこ……! いや、可愛……! 尊っ……!!)
脳が忙しい。
ニャルディアは最後に、ぴたりと柚葉の前で止まり、胸に手を当てて小さく片足を引いた。
「……これで、わかったにゃ? ユズハ様の護衛は――うちに任せれば、いいにゃ」
その顔は得意げで、ちょっと照れが混ざっていて。
耳はぴーんと立ったまま震えている。
柚葉の胸の中で、何かが弾けた。
「ニャルちゃああああん!!! すごい!! かっこいい!! 可愛い!! すっっごく頼もしいよ!!」
気づいたら抱きついていた。
ふわふわの耳と尻尾が一気に跳ねる。
「にゃっ、にゃああっ!? ゆ、ユズハ様!? ちょ、ちょっと……そんな勢いで抱きつかれたら……耳が……耳が変な音するにゃ……っ!!」
柚葉が嬉しすぎてぎゅうぎゅう抱きしめる。
「ニャルちゃん最高……! これからよろしくねっ!」
「う、うぅ……っ、そんな真っ直ぐ言われたら……しっぽ……勝手に揺れちゃうにゃ……っ!!」
背後で、尻尾が全力でぱっしぱっし揺れていた。
こうして、ユズハとニャルディアは、一瞬で距離を縮めたのだった。
ぱたぱたぱたぱた――尻尾の暴走が止まらない。
「にゃ、にゃにゃっ……! こ、これは反射にゃ! ユズハ様のせいじゃ……ちょっとしか……ないにゃ……!」
耳も赤い。ポニーテールも小刻みに揺れている。もう全部が可愛い。
柚葉がじっと見つめると、ニャルディアは慌てて視線をそらし、尻尾を両手で抱え込んだ。
「そ、そんなに見つめるにゃ……弱いとこ……ばれちゃうにゃ……」
「弱いところ……?」
「よ、喜ぶと……耳も尻尾も、勝手に動いちゃうにゃ……。護衛としては……ちょっと、恥ずかしいにゃ……」
恥ずかしがりながらも、しっぽはそっと柚葉の手首へ――すり、とやわらかく触れ、軽く巻きつく。
反則級に、可愛い。
柚葉の脳が軽くショートしかけたところで、ニャルディアは意を決したように小さく息を吸った。
「にゃ、にゃので……その……て、手、つないでも……いいにゃ? 案内……したい、にゃ……」
「えっ……う、うん! もちろん!」
ぱあっと、ニャルディアの金の瞳が花みたいに輝く。
「じゃ、じゃあ……行くにゃ……! ――お風呂。殿下のご指示で、一番上等の浴室、準備してあるにゃ」
差し出された手は細くて、あたたかくて、意外としっかりしている。
握った瞬間、ふわりと温かさが灯る。
「ゆ、ゆっくりでいいにゃ? ユズハ様、疲れてるだろうし……うち、歩幅合わせるにゃ」
ツンとしてるのに、やさしい。
そんな歩調で、二人は離宮の奥へ進んでいく。
途中、ニャルディアは小声で囁いた。
「ふ、二人きりで歩くの……なんだか……すごく、いいにゃ……」
しゅん、と耳が寝て、頬が淡く桜色になる。
その姿は、メイドでも護衛でもなく――ただの“可愛い獣人の女の子”で。
柚葉の胸が、じんわりとほかほか温かくなった。




