第20話 静かな離宮で、特別扱いなんて無理……なのに王子はそっと距離を詰めてくる
そこには、曖昧な年齢ゆえに侍従たちが過剰に丁寧に扱っている現状に、どう振る舞えばいいか分からず小さく肩を縮める柚葉。
――可愛らしい。
と、彼は心の奥でひそかに呟いた。
「こ、これは大変失礼いたしました!!」
「黒の加護のまれびと様と知らず……っ!」
「どうぞこちらへ! お荷物は我々が運びます!!」
「え、あっ、いやいやいやいや!? 本当に大丈夫なので! 自分で持てますからっ!」
両手をぶんぶん振って制止しようとする柚葉。だが侍従たちは、その“必死の遠慮”すら――
(な、なんてご謙遜を……! なんて奥ゆかしい……!)
と、勝手に神格化しはじめていた。
(や、やめて……そんな高性能フィルターで見ないで……ただの一般人です……!)
心の中で必死に叫ぶ柚葉の横で、ルシエルはこっそり横目で彼女を見た。
――おかしいくらい自然に、みんな彼女を特別扱いする。
(……やっぱり、ユズハって“そういう人”なんだよな)
微笑んだルシエルの横顔はどこか満足げで、それに気づかないまま、柚葉は侍従たちにワタワタと囲まれていくのだった。
「ユズハ。気にしなくていい。君は、王城が迎えるに相応しい“特別な客人”なんだから」
その声音に、柚葉の胸がふわりと熱を帯びる。
「……ルシエル様が、そう言うなら……」
王城〈ヴァルステラ〉の高い天井には、星模様の魔術灯が揺れていた。
二人の影が重なり、伸び、そして淡い光に解けていく。
「いいんだよ。君は“特別”なんだから」
「っ……!」
心臓が跳ねる音を、侍従たちに聞かれていないか本気で心配した。
けれど、侍従たちはそんな二人のやり取りにもまた赤面していた。
(こ、これは……殿下が本気で大切にしている方……!?)
(光の王子が、あんな優しい声を……!)
(これ、絶対に噂になる……!)
(……にゃん!!)
そんな囁きを背に、ルシエルは柚葉にそっと手を差し出す。
「行こう。僕の離宮へ、ようこそユズハ。――君を最初に案内したい場所があるんだ」
その言葉に、柚葉の心拍はさらに跳ね上がった。
ルシエルに手を取られ、柚葉はほんのわずかに指を強張らせた。
けれど温かな掌に導かれ、歩みを合わせるうちに、心拍の高鳴りはむしろ増していく。
背後では侍従たちが、ひそひそ声で混乱を続けていた。
(小柄で可愛らしいけど……所作がすごく綺麗じゃなかったです?)
(物腰も柔らかいし……どこの大貴族の姫君ですか……?)
(でも殿下と自然に会話されてましたよ!?)
(いやもう絶対“特別なお方”ですよ!)
(……にゃん!!)
低い悲鳴が漏れ、柚葉は思わずくすっと笑った。
「どうしたの?」
侍従たちがわたわたしながら案内する中、柚葉は気まずそうに眉を寄せ、そっとルシエルの袖を引いた。
「い、え……あの、みなさん……大変そうで……」
「ああ。気にしなくていいよ」
ルシエルの声は、いつも以上にやわらかかった。回廊に差し込む光のように、ふっと心を和ませる温度で。
「君のことをどう扱えばいいのか、困ってるんだ。それに王子付きの侍従にしては騒がしいだろう? でも、あれでいいんだ」
「……あれで、いい?」
「うん。――彼らの多くは、まだ若いだろ? それは親を亡くしていたり、孤児院の出身なんだ」
「……!」
柚葉は足を止めた。
その言葉は、予期しない方向から胸に落ちてきた。
「この離宮はね、母上――セレーネが“帰る場所のない者に光を”って作った場所なんだ。だから僕も、その意思を継いでる。身寄りのない子たちを侍従として学ばせて、成人したら雇っているんだよ」
ステンドグラスの反射がルシエルの横顔を照らし、その横顔は明るいのに、どこか切なさを含んで見えた。
「この明るさを嫌うような貴族は、ここには連れてこない。ここに足を踏み入れられるのは……僕にとって“特別”な人だけだから」
「と、とくべつ……」
小さく呟いた柚葉へ、ルシエルがそっと笑みを向ける。
「みんな、それが分かって浮かれてるんだよ。――そんなところも、可愛いだろ?」
「えっ、か、可っ……!? あ、あたしは別に……!」
慌てふためく柚葉を見て、ルシエルは軽く肩を揺らした。
「“可愛い”と言ったのは侍従たちの反応の方だよ……とはいえ、君が……君の反応がもっとも可愛らしいけどね」
「~~っっ!!」
柚葉は言葉にならない悲鳴を上げ、そのせいで一瞬足元を踏み外しかける。
ルシエルは当然のように腰を支えた。
その動作はあまりにも自然で、美しくて。
「気をつけて。僕の手を離すと危ないよ」
「……ずるい……」
「ん? なにか言った?」
「な、なんでもないですっ!!」
耳まで真っ赤に染まる柚葉。
その様子に、ルシエルの眼差しはひどく穏やかで――侍従たちはその光景に、ただただ心臓を押さえるしかなかった。
(ま、まさか……殿下が女性に、あんな……!)
(柔らかい……!? 氷点下が解けてる……!?)
(え、あれ反則じゃ……殿下……!?)
回廊を抜け、二人は離宮専用の小さな馬車へ乗り込む。
星々の紋章がきらめく静寂の中で――
侍従たちの心の叫びを背に、ルシエルは柚葉の手を離そうとはしなかった。
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