第19話 光の王子の離宮へ、特別な扱いに大混乱!?王子の甘い庇護が過保護すぎる件
星に誓う王城〈ヴァルステラ〉の広大な敷地に、遠征帰りの騎士たちと共に、ルシエルと柚葉を乗せた馬車がゆっくりと滑り込んだ。
馬車が停まると、門の衛兵たちが姿勢を正し――そして息をのむ。
王子の馬車から降り立つのは、いつもの涼やかな“光の殿下”……のはずなのだが。
「ユズハ、気をつけて。段差が少し高いよ」
馬車の扉を開けたルシエルは、いつになく柔らかい声音で言った。
そして。
手を差し出した。
柚葉の前に、すっと。迷いも気負いもなく――まるでそれが“当然の所作”であるように。
「え、あ、ありがとう……?」
戸惑いながらも、その手を取る柚葉。
――次の瞬間。
ルシエルはごく自然に、けれど驚くほど丁寧に彼女を支えながら馬車から降ろした。
指先に触れる体温は穏やかで、背を支える手つきは驚くほど優しい。
「……っ!?」
柚葉は思わず心臓が跳ね、周囲は――もっと跳ねた。
(ま……ままままま……)
(まさかの……!? あの殿下が……!!)
(女性に、エスコート……!?)
門兵の一人は思わず槍を落としかけ、侍従の一人は「えっ……?」と声にならない悲鳴を漏らす。
近くにいた女騎士などは――
(えっ……えっ……殿下、そんな優しい手つき出来るんですか……!?)
と、目を回しそうになっていた。
なぜなら――
ルシエル殿下は“王都でも一、二を争う塩対応男子”。民には微笑みを向けるが、特に言い寄ってくる貴族令嬢に対しては、ほぼ氷点下の丁寧距離感。
それが常識だった。
……言わずもがな、栄えある“王都塩対応ランキング一位”は兄アーシェス。そこだけは、奇跡的に似てしまった兄弟だった。
そしてまた厄介なことに、普段の柔らかな微笑みから一転して、すっと距離を置く“氷点下モード”に入るその瞬間こそ、「ひゃ……逆に好き……!」と燃える(いや、萌える)令嬢が後を絶たない。
結果、殿下はますます頑なに距離を取るようになり、「殿下の笑顔はレアだからこそ尊いのよ……!」と謎の信仰を深める令嬢まで現れる始末だった。
その彼が、馬車から女性を支えて降ろすなど……
(((前代未聞すぎる……!!)))
門兵たちの動揺は、もはや地震級だった。
当の柚葉は――
(??? なんでみんな固まってるの??)
本気で何も気づいていない。
彼女の天然センサーは今日も平常運転だった。
ルシエルは、固まる周囲には目もくれず、柚葉にだけ向ける、落ち着いた声で言う。
「階段もあるから、足元に気をつけてね」
「う、うん……ありがと……!」
ほんのり頬を染める柚葉。
その表情に、また周囲がざわつく。
(ほ、ほほほ、本気なのか殿下ぁぁぁぁっ!?)
(そ、その距離感は反則では!?)
(いつもの“完璧に他人行儀”がどこ行ったの!?)
そのため、迎えに出てきた侍従たちは入口で完全にパニックを起こした。
「み、身分を……いえ、その……こちらのご令嬢は……」
侍従長が柚葉を見たまま、カチンと固まる。
一見すごく華奢で幼くて、守ってあげたくなる。だが目が合うと、澄んだ瞳にふわっと“大人っぽい静けさ”が宿る。そのギャップが意味不明すぎて、彼は処理能力を失った。
侍従たちが背後で小声の目配せを始める。
(ち、ちっちゃくて可愛らしい方……でも所作が妙に優雅じゃ?)
(なんだろう、洗練されてるのに、どこか肩の力が抜けてて……姫君でも旅人でもない感じ……)
(殿下の隣に“自然に”立てる方なんて、そういませんよ!?)
(わたし達、対応間違えたら終わりますよね!?)
(ていうか黒髪って……大陸でも珍しいのに……神秘の気配すご……)
(……にゃん!? )
その謎のざわつきを、ルシエルの落ち着いた声音がやわらかく断ち切った。
「ユズハは――“黒の加護”を持つ大切な客人だ。丁重にもてなして」
ただの事実として言っているのだが、
その一言で侍従たちの心はまたざわついた。
(“大切な”……!?)
(聞き間違い……じゃなかった……!)
(お、おい……記録しておけ……これは歴史的瞬間だ……)
そして、柚葉はと言えば。
(大切……? あ……王子として、だよね、うん、そうだよね!?)
(……ルシエル優しいなぁ。助かる……)
本当に恋愛フラグ指数ゼロのまま、無事にこの事件の意味を理解し損ねていた。




