第17話 異世界観光でテンション爆上がり、王子との距離が近すぎて心臓もちません!
柚葉が馬車から飛び降りた瞬間――彼女の視界は、一気に“リアル・ファンタジー”へと塗り替わった。
まず目を奪ったのは、路地を駆け抜ける灰色の影。
「おっと、通りますよっ!」
「ひゃっ!?」
すれ違ったのは狼人族の青年。
狼耳がピンと立ち、鋭い金の瞳が光る。肩には大きな荷箱。
すべてが人間離れした、無駄のない動き。
(わ、わ、わっ……狼系イケメン……実在……!? え、動きが滑らか……ゲームのモーションキャプチャより滑らか……!!)
青年は素早く振り返り、にっと笑う。
「殿下、お帰りなさい。そしてお嬢さん、ようこそ〈ヴァレンティア〉へ! 荷運びならオレたち獣走族にお任せを!」
「えっ……あ、はいっ……かっこ……いえ、なんでもないです!!」
そこに、ひらりと影。
頭上から舞い降りてきたのは白い翼のハルピュイアの少女。
「殿下、お帰りなさいませ! 庭園へのお届け物はもう運び終えました♪」
羽ばたいた瞬間、朝日に羽根が七色に光った。
(ひ……ひゃぁぁぁ……きれい……!! 羽根のグラデーション、反則じゃない……?)
さらに――路地裏から豪快な笑い声。
「おーい殿下ァ! 今日も腕試し――って、おや? 可愛い嬢ちゃんもいるじゃねぇか!」
出てきたのは熊人族の大男。
太い腕、厚い毛並み、でも笑顔は妙に優しい。
「く……くま……さん……? でっっか……!」
「ははっ、“さん”づけで呼ばれたの初めてだな!」
続いて、ぴょん、と兎人族の男の子。
「殿下ー! 跳躍記録また伸びたよー! 見ててねっ!」
ふにふに耳が上下に揺れる。
(かわいい……うさぎ……いや子ども……いやうさぎ……混乱……!!)
柚葉は完全に情報過多。
ルシエルはその様子を見て、微笑んで馬車からゆっくり降りてきた。
「ふふ……やっぱり降りて見たほうがよかったみたいだね」
「よかったどころじゃないよ!! ここ……リアルコスプレ会場!? ケモナー大歓喜!? って! いろんな種族の人が普通に生活してて……すごすぎ……!」
「気をつけて。市場に近づくと、もっとにぎやかになるから」
そう言って、彼は自然な動作で柚葉の肩にそっと手を添える。
「はぐれないようにね」
その手のあたたかさに、柚葉の心臓がきゅん、と跳ねた。
(う……やば……距離感バグる……!)
こうして――馬車を降りたほんの数分で、柚葉は〈ヴァレンティア〉の“生きた世界”に全身を呑み込まれていくのだった。
ルシエルに手を添えられたまま、柚葉は市場の中心街へ向かう。
近づくほどに――空気が、どんどん濃く“賑やか”になっていった。
「わあ……ここ……もう完全に別世界……!」
それは王都の鼓動そのものだった。
大通りに広がるのは、色とりどりのテント、魔法光で輝く看板、異国の音楽、香辛料と花の香り……。
そして――種族ごとの文化が混ざりあった大きなうねり。
「ようこそ、〈サン・アーケイド〉へ。王都で一番にぎやかな市場だよ」
「にぎやかどころじゃないよ!? 情報量の洪水だよ!!」
叫んだ瞬間――柚葉の目の前に、すらっとした影がすべり込んできた。
「殿下、お帰りなさいませ。今日入ったばかりの上級霊銀です。ご覧になりますか?」
声の主は、翠色の髪を三つ編みにしたエルフ。長い耳が魔力を帯びた空気でふわりと震え、瞳は宝石のように澄んでいる。
(え、ちょ……え……顔が……顔がCG!? 美形すぎて現実の輪郭線越えてるんだけど!?)
エルフの店先に並ぶのはアクセサリーや魔法細工。それらが光を反射して、まるで星屑の棚のようにきらめいていた。
「こちらの黒銀の指輪は夜気を集める性質がありまして――」
「に、夜気!? 名前からして厨二性能高そう!!」
エルフがくすっと微笑むと、周囲の空気まで柔らかく揺れた。
その向かい側から聞こえるのは豪快な金属音。
ごつごつとした腕、分厚いエプロン、赤みのある髭。強面なのに笑うと目尻が下がる――典型的なドワーフの職人たちが、路上で鍛冶を披露している。
「殿下ァ、お帰り! こいつぁ新作の魔鋼だ! 軽いくせに魔力にはめっぽう強ぇぞォ!」
「本当だ、随分軽いね。ギルドが喜びそう」
ルシエルが受け取った金属片は、見た目よりずっと軽く、淡い光の粒子がきらめいていた。
ドワーフの一人が柚葉にもぐいっと差し出す。
「嬢ちゃんも触ってみな! 熱くねぇからよォ!」
「え、いいんですか!? わ、わ……ほんとに軽い……! え、厚みあるのに!? 金属の概念どうなってるの!?」
「はっはっは、その反応好きだぜ!」
(人種も文化も違うのに……なんか、すごく“あったかい”……!)
さらに奥へ進むと――香ばしい匂いと澄んだ笛の音が漂ってきた。
「ここは〈東界の市〉と呼ばれている区域だよ」
「ひがし……?」
視界に飛び込んできたのは、どこか柚葉の世界に近い雰囲気の人々。
だが、黒髪はいない。
皆、白金色、青銀色、淡い桃色など“この世界ならではの色”を持っている。
けれど服装や所作は――完全に東方。
和の香りのある反物、組紐、硯のような魔道具、茶葉、細工された扇子……。
「いらっしゃいませ。東界の薬茶はいかがでしょう?」
紫銀の髪の女性が、静かに茶を差し出してくる。
落ち着いた笑み、穏やかな仕草――まるで老舗旅館の仲居さん。
(……なんか……懐かしい……この感じ……!)
柚葉の心がじんわりと温かくなる。
「柚葉、飲んでみる?」
「の、飲む!!」
出された茶は、香ばしくて甘い香り。
一口飲むと、胸の奥がすっと軽くなるようだった。
「わ……落ち着く……これ……すご……」
「ふふ、気に入っていただけて何よりでございます」
柚葉があちこち走り回る姿を見て、ルシエルは肩を震わせて笑う。
「……そんなに楽しい?」
「楽しいどころじゃないよ!! この世界の文化圏全部ごちゃ混ぜの大見本市みたいなところに、ファンタジー住民が本気で生活してる……こんなの……!!」
「こんなの?」
「最高に決まってるじゃん!!」
勢いよく答えると、ルシエルは目を細めて――そっと柚葉の跳ねた髪の毛を直した。
「君が喜んでくれて、僕も嬉しいよ」
(う……うわ……この王子……不意打ち優しさがイケメンすぎる……!)
朝の陽光が二人を照らし、王都の鼓動はさらに深く、鮮やかに――柚葉を飲み込んでいった。




