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模型女子の異世界聖女ライフ ~推し活するつもりが、気づけば私が推されてたんですが!?  作者: Ciga-R


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第1話 落下から始まる異世界恋、もしかして運命ですか!?


 陽光を透かす風が、戦場に柔らかな旋律を残していく。


 あたしをそっと降ろしたルシエルは、一歩前に出て、静かに視線を落とした。


 黒い巨体――ワイバーンは、もう完全に動かない。


 焦げついた地を照らす、蒼白い光の残り香。


 まるで空そのものが落ちて砕けたような跡だった。


(……え、ちょっと……この地面の割れた様子、衝撃波の入り方もリアルなんだけど……なにこれ、プロが作ったジオラマの“実物版”?)


 あたしの脳だけが、場違いな方向へ暴走していく。


「……終わったな」


 低く落ち着いた声が、空気に溶けた。


 その直後――


「ルシエル様!」


 地を蹴るように、銀の鎧をまとった騎士たちが一斉に駆け寄ってきた。


 彼らは次々と膝をつき、頭を垂れる。


「群竜の主、黒曜竜ワイバーンの撃墜、確かに確認しました! 上空から――見たこともない光の奔流が! まるで……神聖魔法の奇跡のような!」


「ルシエル様、あの空の閃光は一体……まさか新たな戦術魔法式ですか!?」


 ルシエルは静かに首を横に振る。


 彼の青い瞳が、そっとあたしへ向けられた。


「いや――あれを施したのは、彼女だ」


「え、いやいやいやいや!? あたし落ちてきただけですから!? “魔法”とか“光の奔流”とか、そういうの習得した覚えないんですけど!?」


 戦場の静寂に、あたしのツッコミが変に響く。


(ていうか……本当にあれ、あたしの落下のせい? いやいや、もしそうなら私、スケール1/1破壊系女子じゃん……困る……)


 騎士たちはぽかんとあたしを見つめ、互いに顔を見合わせた。


「しかし、黒曜竜の鱗はワイバーンの中でも最硬の部類。並の魔法はおろか、矢も剣も通しません。それを貫いたとなれば……彼女はいったい……」


 その報告に、ルシエルは小さく目を細めた。


(……確かに。あの落下の衝撃だけで竜の核を砕くなど、ありえない)


(“偶然”と呼ぶには、少し出来すぎているな)


 けれど口には出さず、ただ穏やかに笑う。


「偶然もまた、運命の一部だ。君が空から来なければ、この戦は終わらず、もっと血に染まっていたかもしれない」


 騎士たちが息をのみ、空気が静まる。


 そのとき、一人の若い騎士が目を見開いた。


「ル、ルシエル様……! 彼女の髪を……黒い……!」


 ざわ、と戦場が揺れた。


(……え? 黒? いや、まあ黒だけど……)


 あたしは思わず、両手で自分の髪をつまんだ。


 柔らかく光を反射する黒……地味で、昔からちょっと嫌いだった色。


(ま、まさかこの世界じゃ黒髪=アウト? 魔女判定とか? え、もしそうなら私、初日で人生終了……?)

 

 頭の中で土下座準備に入ったその瞬間――


「聖なる御色……!」


「まさか、この地に再び現れるとは……!」


「えっ、えぇぇぇ!? 聖!? いま聖って言った!? 黒=聖女!? そんなファンタジー反転ある!?」


 騎士たちは驚愕しながらも次々と膝をつく。


 思わず変な声が出た。


 ルシエルは静かに目を細め、口元に淡い笑みを浮かべる。


「……黒の髪を持つ者は聖の証。この国では古くから、聖魔法を扱える者の象徴とされている」


「え、ええぇぇぇ!? 魔女じゃなくて聖女パターン!? そんな急展開ある!?」


 あたしの慌てっぷりに、若い騎士たちは思わず顔を見合わせ、苦笑をこぼした。


 しかしその中で、ルシエルだけは真剣な眼差しで、風に揺れる黒髪を見つめていた――。


 本人は当然、意味がわからず戸惑うばかりだが、ルシエルはそんな彼女を静かに見つめる。


(聖の象徴……黒髪。まさか、本当に――まれびとなのか)


 青色の瞳が、風に揺れる漆黒の髪を追う。


 光を受けてきらめく黒は、この世界では存在しないはずの髪色。


 そのありえない美しさに、一瞬、誰もが息を忘れた。


 黒髪。


 その言葉に、胸の奥がちくりと疼いた。


(黒髪が“聖なる証”? ……嘘、でしょ)


 あたしは思わず指先で自分の髪をつまむ。


 この光沢、ずっと嫌いだった。


 重たくて、地味で、「清楚系っていうより真面目ちゃんだね」って笑われる色。


 高校のとき、クラスの女子たちはみんな明るい髪色でおしゃれしてて、あたしだけが「昭和のヒロインみたい」って言われて……笑いながらも、心のどこかがちょっと泣いていた。


 でも、それでも染めなかったのは――


 大好きだったおばあちゃんの言葉があったからだ。


『月城に生れたのなら、黒髪を誇りにしなさい。黒は夜空の色。そこでこそ月も星もどんな光も輝けるのよ』


 あの言葉が、心の中にずっと残っていた。


 だから家族みんな、父も母も弟も妹も、そして――尊敬する兄も、みんな黒髪のままだった。


 それが“月城家の小さな誇り”。誰に自慢するでもない、けれど確かにあたしの中にあったもの。


(なのに今は、これが“聖なる証”?)


 そう思った瞬間、胸の奥で何かがぽっと灯った。


 長年「地味」と言われ続けた黒が、いまこの異世界で“聖なる色”と呼ばれている。


 ――まるで、あのときのおばあちゃんの言葉が、時空を越えて届いたみたいに。


 遠い世界で、同じ髪が“奇跡の象徴”になるなんて。


 思わず、笑いそうになってしまう。


 でも、笑えなかった。


 ルシエルがあまりにもまっすぐ、その髪を見ていたから。


「……綺麗だ」


 低く、静かな声だった。


 まるで祈るように。


 風がそよぎ、あたしの黒髪が揺れる。


 周囲の兵士たちはまだざわめいていたけれど、その中心でルシエルの透き通る青の瞳と視線が交わった瞬間、時間が止まったような気がした。


(こんなの――ずるいってば)


 胸が高鳴る音だけが、自分の鼓膜を打っていた。


 あたしの頬がじんわりと熱を帯びた。


 ちょっと、そんな真っ直ぐ言わないでよ……。


「ルシエル様、戦況は収束いたしました。これより陣へ戻られますか?」


 頃合いをはかっていたのか、副官らしき騎士が進み出て問う。


 ルシエルは一瞬だけ空を見上げ、そしてあたしの方を振り返る。


「そうだな――彼女を安全な場所へ案内してほしい。彼女は……ボクの客人(まれびと)だ」


「ま、ま、まれびと!? まれびとってなに? いやいや、ちょっと待って! 落ちて来ただけなんですけど!? ボクのって何!? ボクのって言いましたよね!?」


 パニックの中、周囲の騎士たちが苦笑し、ルシエルは肩を震わせて笑う。


 その笑顔は、春の光みたいに柔らかく、眩しくて――思わず息をのむ。


「安心して。君の無事は、ボクが保証する。――約束だ」


 その言葉が、胸の奥に深く突き刺さった。


 胸の奥に、ことり、と何かが落ちた気がした。


 異世界の風が吹き抜け、金髪に光が宿る。


 戦場なのに、そこだけがやわらかく輝いていた。


 ――そして、運命は静かに動き始める。




読んでいただき、ありがとうございました。

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よければ、また続きを読みに来ていただけると嬉しいです。

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